第29話 “余所者”って、なんじゃい
プルンブム侯爵領。テネルの実家スタヌム伯爵と領地を接しておる。であれば両家に交遊があるのかと思いきや、まるでないどころか常に揉め事が起きてきておるのだそうな。
「領境の線引きから始まって、間にある河の水利権、領境を越えた野盗や魔物の討伐責任、逃げ込みや誘拐で入り込んだ領民の引き渡しもです」
「なるほど。隣り合う領地というのは、そんなもんかもしれんのう」
わしはアリウスの身になってから――いや、その前の身体でも、足を踏み入れるのは初めてじゃがの。
「いまの話を差し置いたとしても、胡散臭い領地じゃな」
「わたしも初めて訪れますが、仰る通りですね」
領地に入ってすぐから、妙な違和感があったんじゃ。
まず、道ですれ違う者どもの目つきが、どうにも胡乱じゃ。女子供も農夫も商人も、挨拶をしても返事はなく、魔物でも見るような目で睨みつけては逃げてゆく。
こちらは騎士服を着とる女子がふたり。それが馬に乗っとるとなれば、どこぞの貴族であることくらいは明白であろうが。不敬であることを差し引いたにせよ、警戒される謂れはなかろう。
嫌な予感は、すぐ確信に変わる。
日が暮れ始めたので宿を取ろうとしたが、最初の小村では住人が扉を閉ざし、次の街では衛兵に追い払われたわい。
「わしらアダマス公爵家と、スタヌム伯爵家の令嬢なんじゃがの」
親の地位を笠に着る様で気分は悪いが、相手が官憲であれば身分保証にはなろうと名乗ってみたんじゃがの。衛兵は憮然とした顔を、ますます歪ませよった。
「……それが仮に事実だとして、何の御用でしょう」
「エダクス王子の命で、ダンジョン活性化への対処を行っておる。疑うならこれを見よ」
差し出したアダマス公爵家の書状を、衛兵は見ようともせん。
「そのような王命は、我が領に伝わっておりませぬ」
「そちらの都合は知らんわい。しかし公爵家の長子に対して、その態度はどういうことじゃ?」
なにがそんなに不満なのか知らんが、ぬしらの窮状はぬしらの問題じゃろがい。わしらに当たっても仕方がなかろうに。
「領主たる侯爵様から、余所者を入れること相成らぬと厳命を受けております故、ご容赦を」
街の入り口から押し出され、目の前で門を閉められる。取り付く島もないとはこのことじゃ。
そもそもプルンブム侯爵は、アリウスの父アダマス公爵の義父ではないのかの。義母の父親で血の繋がりはないとはいえ、わしは孫に当たるはずなんじゃが。
言うに事欠いて、余所者とはのう。
「即刻、ご退去ください。門外に屯するようであれば、実力で排除させていただかねばなりません」
「面白い冗談じゃ。ぬしら程度の弱兵に、それができるとでも?」
己の領地すら守れぬ腑抜けの領主どもがダンジョン討伐に手をこまねいておるからこそ、わしらはここにおるんじゃがの。
「ご退去ください。もう、お話しすることはありません」
「では、勝手にさせてもらうかの」
「お帰りいただいた方が、身のためだと思いますよ」
こちらがダンジョンに向かうのを察したのか、最後は溜め息混じりに捨て台詞まで吐きよった。
いま見た数名の衛兵は、どいつも疲れ切った顔で制服も革鎧もくたびれ薄汚れておった。街を守る職業兵士であろうに、佩いておる剣も縋っておる槍も、えらく使い古された安物じゃ。
これで自領のダンジョンから魔物が溢れたら、ひとたまりもなかろうに。
「アリウス様」
「わかっておる。プルンブム侯爵は、民から搾れるだけ絞る領主なんじゃろう。カネも物も、血も気力も、誇りもじゃ」
宮廷内での政治闘争にカネと武力は必要じゃろうが、そのために己の領地を蔑ろにしては今が良くても先がなかろうに。
しばらく進んで、おかしな気配に振り返る。わしらが押し出された門から、不穏な気配を纏った男たちが出てくるのが見えた。闇に隠れておるつもりじゃろうが、魔王とその眷属からすれば夕闇なぞ昼日中と変わらん。
「エテルナ?」
“見えてる〜、監視が二と、木の棒持ったのが七~”
木の棒、となれば兵士や暗殺者でなく、民間人か。最初から高位貴族令嬢を害するのが目的であれば、数も実力もそれでは済まさんであろう。領内に入り込んだ他領の者への威嚇と排除を狙った常備暴力装置かの。
“ぶっとばす~?”
「放っておいてかまわん。このままダンジョンまで行くぞ。寝るのは攻略後じゃ」
“はいなー♪”
言うなりエテルナが馬の姿に変わり、わしとテネルを乗せて走り出す。もう徒歩で追いつける者などおらん。すぐに引き離され、監視もごろつきも見えなくなった。
エテルナはさらに速度を上げて、夜の街道をダンジョン目指してひた走る。途中で何度か行く手を塞ごうとする者はおったが、駿馬エテルナの脚力に対応できず、あるいはテネルの魔法で粉砕されよった。
丸太を転がされたのが一度、攻撃魔法の発動を感じたのが二度。矢を射掛けられそうになったのが三度。そう力のある者は混じっておらんが、頻度が高すぎ配置が厳重すぎる。
「他領貴族の領内移動が、もうここまで伝達しておるとはな」
「最初にすれ違った住人たちから、報告されたんでしょうか」
「領民がみんな、報告してるのやもしれんぞ?」
おそらく、余所者の発見と報告を義務付けておるんじゃろうな。であればあの警戒ぶりも納得がいくわい。
必要があれば、その程度の諜報網を敷くこともあろう。ただし、それは領内に守るべき機密があるならば、じゃな。
「テネル。これは、なにかあるのう」
「他領の人間に入り込んでほしくない理由、ですか?」
「あるいは、ダンジョンを攻略してもらいたくない理由、じゃな」
それがあるとして、領主プルンブム侯爵側の都合じゃろな。現場の兵士やごろつき連中は、ただ領主の命令に従っておるだけと見た。なにを考えておるかは知らんが、自ら魔物の波に呑まれたい願うほど愚かではあるまい。
しばらく走ると、丘の上に明かりが見えてきよった。
「……アリウス様、篝火が焚かれてます。馬防柵と、人垣も」
もう隠れる気はないということじゃな。ダンジョンまであと十キロ前後。守るのであれば、ここが正念場というところじゃ。
「ゆけい、エテルナ! 敵意ある者は、全て跳ね飛ばせ!」
“ぎょいー”
と言いつつ、エテルナは徐々に速度を落としながら、篝火まで一キロほどのところで足を止める。
「……おい」
“そ~、なの~”
馬防柵の前に立たされ篝火に照らし出されておったのは、首と足に枷を掛けられた獣人の群れであった。
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