第28話 “敵の敵って、なんじゃい
ダンジョンを出たわしらは、とりあえずスタヌム伯爵領軍の本陣に向かう。
領軍は王命に従って王都に背を向けた形で陣を敷いてはおるが、帝国軍襲来の報を受けたか兵は王都側を向いておる。
中央の大天幕で、テネルが父スタヌム伯爵に訪いを入れた。
「どうしたテネル、こんなに早く。なにか問題でも」
「いいえ。アリウス様のご尽力により、ダンジョンは無事に攻略していただけました」
「……なんと。もう、か」
伯爵が驚き、すぐにニカッと笑みを浮かべる。
「さすがアダマス家の力、と言ったところか。アリウス嬢。ご助力、感謝する」
「礼には及ばぬ。アダマス家にとっても益になると思ってのことじゃ」
結果的に、じゃがのう。
アダマス公爵領もスタヌム伯爵領も、領府から見るとダンジョンは王都を挟んで反対側じゃ。帝国の軍勢に王都が制圧されたいま、領内で魔物が溢れる事態ともなれば、無様な挟撃を受けかねん。
「伯爵殿。この先の動きは、どうなるのかの。軍議に喙を容れる気はないが、わしらは邪魔をせんように敵を削りたいと思っておる」
「承知している。是非にと願いたいところではあるが……」
「王宮からの命は、なさそうじゃな」
スタヌム伯爵は無言のまま、ヘニョリと眉尻を下げる。
おそらく、王も王族も口は封じられておるのじゃろ。声を上げられるのは売国王子だけ、となれば仮に命があったところで聞き入れるかどうかも含めて今後の戦略となる。
「では、近隣のダンジョンを潰して回るかの」
「それは、願ってもない。しかし、他の領地は公爵家と伯爵家の手を借りる気はないだろうな。あるいは」
こちら刃を向けてくるかもしれない、と伯爵は言っておる。この期に及んで、と思わんではないがの。おそらく、スタヌム伯爵の読みは正しい。
勢力内の政治的対立というものは、外敵を迎えるときにこそ色濃く出る。こじれると足を引っ張られ、場合によっては寝返りを生む。無事に戦を乗り切ったところで、戦後そやつらが新たな敵となる。
「敵か、敵の敵か、その敵か。戦の前線でそれを分ける必要はなかろう?」
「む?」
「わしらの征く道を塞ぐ者あらば、誰であろうと敵じゃ」
笑みを浮かべてそう言うと、伯爵は呆れ半分で楽しげに笑った。
「そう割り切れる武力と胆力には、敬服するしかない」
それは、いまのわしが政治に関わっておらんからじゃろな。戦時にあっても戦後を考えるのが為政者というものじゃ。その判断はときに……というか往々にして、戦の足を引っ張る。
「対峙するのは領主たちに任せる。後方の有象無象どもは、わしが存分に掻き回してくれようぞ」
ふとテネルを振り返って意思を問いかけるが、わしが声を出す間もなく妙に幸せそうな笑みが返ってきよった。
「むろん、ご一緒させていただきます」
「少しくらいは躊躇ってみせるのが、淑女の嗜みではないのかの?」
「伯爵家の血は、義に熱いのです」
テネルは愛おし気に馬エテルナを抱きしめ、当のお供スライムは不思議そうに小首を傾げる。
「テネル、へーかの、御同輩?」
「かもしれんの」
わしはスタヌム伯爵に挨拶をして、領軍陣地を出る。最も近いダンジョンはとエテルナに訊くが、ほぼ同じ距離にいくつか点在しておるそうじゃ。
「では、魔物が溢れる可能性が高い順じゃな」
エテルナは王国の地図をわしとテネルの頭に共有してくれよる。そこに記された点がダンジョンだとすると、見事に王都と主要な貴族領地を挟む位置に配置されておった。ダンジョンの活性化は、帝国かその息の掛かった連中が意図して起こしたと考えた方がわかりやすいのう。
そして厄介なことに、アダマス公爵家とスタヌム伯爵家は、そういった国賊貴族の領地に囲まれておるわけじゃ。
「テネル、次からのダンジョン攻略は面倒なものになりそうじゃぞ」
「覚悟はしております」
あれこれ情報を取りまとめておったエテルナが、答えを出した顔でわしを振り返る。
「へーか、最初に溢れるの、ここ~」
うむ。ピコピコと明滅しておるのが、最優先で潰すべきダンジョンということじゃな。
しかしこれは、どうも見覚えがある位置じゃの。
「まさかとは思うがのう、エテルナ。ここは、あれか?」
「そ~、プルンブム侯爵領~♪」
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