第27話 “行く末”って、なんじゃい
ダンジョンから出たわしらは、どうにも不穏な気配に気づく。
「テネル、気を抜くでないぞ」
「はい、アリウス様。状況は理解しております」
エテルナと思念連結を繋いだテネルも、わしと同じく情報を共有しておる。ということは、王国の惨状を……そしてスタヌム伯爵領の危機をも理解しておるわけじゃ。
「エテルナ、猶予はどれほどある」
「帝国軍が押さえたのは、まだ王都だけ~」
先刻の揺れと違和感。どうやら大規模な魔法行使が行われたようじゃ。帝国軍の兵を転移させたか。
「エテルナ、入ってきた兵は」
「四千くらい~?」
王都に四千の敵兵か。魔法で飛ばすなら輜重(補給部隊)を含まん正面戦力であろう。遠征軍でいうと二万近い大軍じゃな。
王家は貴族を信用しておらんようじゃから、貴族領地軍の駐留を許しておらん。王都の兵は王族警護の近衛兵がおる程度。となれば、ひとたまりもなかろう。
そもそも近衛は戦力ではない。王族の盾であり、対外的な示威を目的とした儀仗部隊じゃ。王城や王族を守ることはあっても、王都そのものを守る役目を持ってはおらん。防衛戦力としてはないも同然。
「王都は陥落したと考えた方が良いですね」
「そうじゃの。まあ、王家の連中だけでいえば自業自得じゃが……」
真に厄介なのは、その戦力が殺戮と同時に侵食と略奪を始めるところであろうな。軍というのは戦わんでも消費し続ける巨大な魔物のような存在じゃからの。
「う~む……」
「アリウス様、どうされました?」
「どこに手を出すべきか……あるいは出さんべきかの判断に迷うのう。正直に言えば、スタヌム伯爵領は、そう心配しておらん」
「その御判断は光栄です。危機的状況ではありますが、スタヌム伯爵家は自助能力を持っておりますので」
「アダマス公爵家もまあ、アダマス公爵が居る限りはどうとでもなろう」
この状況で孤立したわしらが、どうするべきかという話じゃ。というか、どうせいというんじゃい。
王都の奪還に動く義理はない。帝国に降伏する気は毛頭ないが、友好勢力に手を出さん限りは皆殺しにしてやるほどの敵意もない。
「迷いますね」
「じゃろ?」
狭いダンジョンを出たので、エテルナはわしらを乗せたまま、ゆらりと馬の姿に変わる。いますぐどこぞへと急ぐ用もないので、パカパカと長閑に足を運ぶ。
「ほんじゃ、売国王子でも殺すかの」
「ぶふッ」
気づけば、しょうもない暇潰しでも思いついたような口調になっておったわ。不意打ちを喰らったらしく、テネルが横を向いて噴き出す。
「差し出がましいことを申しますが、アリウス様。王国の行く末を案じたりはされませんか」
ううむ。そういう考えを持ったこともないのう。奪われ焼かれ殺されたであろう王都の住民を、哀れには思うがの。あの王家に、身を挺してまで守るべき価値があるとは思えんのじゃ。
為政者が道を誤れば、失われるのは領土で、流れるのは民の血じゃ。自らを律する轍にはなろうが、わしが背負って気に病む筋でもなかろう。
そう答えると、テネルは納得したような困惑したような、微妙な顔をしよった。
「酷な話をするようじゃがの。国であれ領地であれ、滅びるべきものは滅びるもんじゃ。誰が何を思い何をしようと結果は変わらん」
一国を揺るがすほどの巨大な流れは、よほどのことでもない限り生まれることはない。しかし、ひとたびそれが動き出せば、全てを押し流す。個人の思惑などでは、その流れを微塵も変えられん。
「ぬしも領地で、守りに入るのが上策だとは思うがの」
「そうなのでしょうね」
それは同意ではない。ではお前もそうするつもりなのかと、こやつは問うて来よる。一般論ではなく、わしが何を考え何をしたいのかと。半歩だけ踏み込んできよるのじゃ。
やはりこの女子、どこか突き抜けておるのう。
「アリウスは、果報者じゃな」
良き親と友人を持っていたようじゃ。その身に魔王を宿すなどという結末を望んでいたかは知らんがの。そうなってここまで勝手を許してくれるということは。おそらくアリウスが成し遂げ、備え、積み上げてきたものの成果じゃろ。
となれば。
「アリウスも、そして、この国も。それほどまでに滅びを望むのであれば……期待に応えてやらんといかんような気がしてくるのう」
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