第26話 “異変”って、なんじゃい
“それじゃ、収納するね〜?”
「おう、頼む」
エテルナがダンジョン・コアを収納すると、周囲の魔力が乱れて隠蔽魔法が消える。
おおかたの想像は、ついておったがの。
「あッ⁉︎」
そこに現れたのは魔族の小坊主であった。見たところ、下級魔族の獣人族と貪魔族の混血かの。女子供を背に守って、ボロボロの姿でこちらに刃を向けておる。ここまでどれだけの苦難を超えてきたのやら、震える手には既に力もなく、目の光も朧げで意識を保つのが精一杯じゃ。
大人の使う魔王軍の剣は明らかに大きすぎ、重すぎるというのに。無数の刃毀れと塗りたくられた血糊を見るだけで、こやつが追いすがり襲いかかるものに必死で抗ってきたことが手に取るようにわかった。
その責任が……少なくともその一端が、わしにあることも含めてじゃ。
「……よう、がんばったのう」
「⁉︎」
「もう大丈夫じゃ。ここに、おぬしらの敵はおらん」
わしに敵意がないことは察しておるようじゃが。小坊主は剣を手放す気はないようじゃ。無論それで良い。素性も知れん相手に油断せんのは天晴れな心がけじゃ。
「嘘だ! 人間は、魔族を殺すって……!」
「まあ、そうじゃろうな。時と場合によるが、それも事実じゃ」
「だったら!」
わしが手を振ると、周囲の光景が変わる。背後の者たちからどよめきが起こるものの、警戒心よりも戸惑いの方が大きいようじゃな。それもそうじゃろうな。現れたのは穏やかな木漏れ日の差し込む長閑な森の中。近くにある泉では、スライムが水遊びをしているのじゃから。
「説明は、後でしてやるわい。いまは少し、休むがよい」
ひょいひょいと現れたのはお供のエテルナとは別のスライム、水魔法と治癒魔法に長けたブルースライムじゃな。
以前ここを作ったときに取り込んだ眷属のひとつじゃ。
“へーか、このこ、おなかま?”
「そうじゃ。怪我の手当てと、食い物の世話を頼めるかの」
“ぎょいー♪”
ポカンと口を開けたテネルが、我に返ってわしを見た。
「……アリウス、様。これは……」
「“安寧空間”という、魔力で形成された安全地帯じゃ。どこにいても接続は可能じゃが、術者であるわしにしか開けん」
「……ビパーク、フィールド。聞いたことは、ありません」
「そうじゃろな。わしが考えたんじゃがの。魔力消費が膨大すぎて、実用性がないんじゃ。特に秘密にしてはおらんが、教えたところで誰も使えん」
とりあえず安全な移住先が確保できるまで、ここに住民を避難させておくかの。まだ茫然自失で話もできそうにないが、まあ、よかろう。
内部空間は大きめの村ほどの面積で、日も当たり川も流れ、あちこちに食用可能な草木や生き物もおる。危険な動植物はないので、しばらく放っておいても死にはせんじゃろ。
わしが元魔王じゃと告白するのも、悪いが後回しにさせてもらう。
「テネル、わしらは一旦帰るぞ」
「……は、はい」
さっさとダンジョンの始末を終わらせて、あの第二王子に引導を渡してやらんとイカンからのう。
スタヌム伯爵領のダンジョンは問題なかろうが、王国に点在するダンジョンは危機的状況にある。
「では、戻ろうかの」
“はいな~♪”
帰り道も鞘豆型エテルナじゃが、今度は少しばかり速度を抑えめに元来た道をたどる。往路で吹っ飛ばして放置した魔物どもの魔珠を回収しながらの御帰還じゃ。賢く有能なエテルナは、ひょいひょいと収納しつつ滑るように進む。
「エテルナちゃんは、素晴らしい能力をお持ちですね」
“ありがと~♪”
「そうなんじゃ。わしは以前から頼り切りでな。もうエテルナなしでは暮らせん」
うふふ、と嬉しそうに体を揺らして、エテルナは移動しながら魔珠を収納してゆく。半透明の体に吸い込まれた魔珠は収納で消えるまでしばらく留まってキラキラと輝きを放つ。おそらく収納前に品質や状態や重量や数量を確認しておるんじゃろ。几帳面なエテルナは整理整頓が上手い。わしは事務作業で、いつも助けられておった。
「まだ道半ばというところじゃが、回収した魔珠はどのくらいになったんじゃ?」
“大きいの七、中くらいの七十二、小さいの二百四十一、すっごく小さいの千九百七十四、壊れてるのと壊れかけのが百五十六、あと人間の忘れ物が三十四個~”
「まあ……エテルナちゃんは、本当に有能なのですね」
“うふふ~♪”
忘れ物というが、おそらくダンジョンで死んだ冒険者の遺品じゃろ。これも遺族に返せるものなら、ギルド経由で返してやろうかの。
“ん〜?”
「どうしたんじゃ、エテルナ?」
“なんか、へんな感じ〜?”
上層に向かうにつれて、わしにも妙な気配が感じられるようになってきた。エテルナが先に察することができたのは、並行化した個体が王国各地に散らばっておったからじゃろ。ということは……。
「地上で、なにか起きとるのか」
“待って、いま……”
おかしな揺れと共鳴音。物理的なものではなく、魔力の乱れのように感じる。ここまで大きな渦になるのは大災害か天変地異くらいじゃの。もしくは大規模な、戦術級の魔法行使。
“へーか!”
「陛下呼びは抑えておったのではないのか……お?」
エテルナが王都に急行させた平行自我からの視界を見てもなお、わしにはそれが現実とは思えんかった。
感覚を共有されておるテネルも一瞬、息を呑んで固まる。
王都が、燃えておった。路上には住人たちが逃げ惑い、あちこちで死体が散らばっておる。
「……嘘じゃろ」
「アリウス様、これは……」
王都周辺の領地軍兵士に、王家直轄地の外縁を守らせるなぞという無意味で実現不能な命令。それには別の理由があったわけじゃ。理由は正気では到底考えられんものだったために、気づいたときには手遅れになっておった。
そのとき、わしらはまだ知らんかった。恥知らずの決断には躊躇などないことを。愚かさには底がないことをじゃ。
「あの無能王子……利敵行為では飽き足らず、外患誘致にまで手を染めよった」
「な……ッ‼︎」
エテルナが集めた情報で、状況は即座に分かった。第二王子派閥が引き入れた帝国軍によって、王都が制圧されたんじゃ。
【作者からのお願い】
「面白かった」「続きが読みたい」と思われた方は
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。