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第11話 “決闘”って、なんじゃい

「なにを笑っている、魔力欠乏症(まぬけ)の能無しが」


 身の程を知らぬ王子は、わしを見て怒りをあらわにしておる。笑っとるのは、おかしいからに決まっとろうが。


「愚かな貴様でも、王国貴族法くらいは知っているだろう。相手の前で手袋を地面に投げるのが、正式な決闘の作法だ」


 エテルナからの知識で、わしも決闘の作法くらいは知っておるがの。

 王国でのそれは裁判で決められぬ争いを解決する最終手段じゃ。立会人もなし原告も被告も罪状認否も合意の形成もなしで、いきなり一方的に宣言するのは単なる私闘(ケンカ)でしかないわ。


アリウス(あね)は法学など知らないんですよ、殿下」

「そうだろうな。どうせ学園に入るまで、ろくな教育も受けてこなかったのだろう。学も品も力もない、無様な敗将の家系ではな」


「あ?」


 思わず踏み出したわしの足元で、バキリと床材が砕ける。

 いかんのう、冷静さを失っておった。力加減を誤って、危うくこの場で捻り殺すところじゃ。

 あいにくアリウスの事情は、よく知らぬがの。アルデンスは敵でこそあれ、死力を尽くして戦った相手じゃ。人間界でも稀に見る勇敢な男を、愚弄されるのは断じて許せん。

 戦場に立ったこともないボンクラ王子に、アルデンスのなにがわかるというんじゃ。


「ふん、わたしを睨みつけてくるとは生意気な。まさか先祖が被った惨めな負け戦を知らぬとでもいうつもりか? アダマス家の者にとって、歴史(国学)の授業は恥辱にまみれるだけの時間だろうがな。事実は事実として受け入れねば……」


 もうたくさんじゃ。アダマス公爵の(げん)ではないがの。この程度の小僧が王家の血を引くというのであれば、こんな国など滅びてしまえばよい。


「くだらん能書は結構じゃ。受けてやるので、さっさと決闘の日時と武器を示すがよい。どんな条件でも、わしが存分に相手してくれるわ」

「愚かなことを言うな、無能め。このわたしが貴様の相手などするとでも思ったか」


「……なん、じゃと?」


 わしは思わず気の抜けた声を漏らす。自分からケンカを売っておいて、いまさらなにをほざきよるか、このボンクラは。

 こちらが呆れて声も出せんでいると、怯えておるとでも思うたのかミセリアとエダクス王子はニヤニヤと下卑た笑いを浮かべてこちらを見よった。


「高貴な者ならば、決闘には代理人を立てるのが当然だろうが。野蛮な敗将公爵家ではどうだか知らないが……」

「いやはや、さすがじゃの!」


 いくらなんでも、もう我慢の限界じゃ。わしが笑顔で遮ると、王子は面食らった顔で口をつぐむ。


「まさか、己の誇りも他人任せとは。感心させられるのう。お飾りにはお飾りの流儀があるもんじゃな」

「なんだと?」


 案の定、手のひらの上で簡単に転がりよった。この程度の駆け引きにも対処できんとは、王族以前に貴族としても、器が知れるというものよの。


「けして矢面には立たず、逃げ隠れして、陰から威勢の良い能書きだけを垂れるんじゃろう?」

「貴様! 王家を侮辱してただで済むとでも思っているのか!」


 笑わせよる。ただで済ませる気など、最初からないわ。

 わしは手袋を拾い上げ、目の前でひらひらと揺らす。生体素材である革は、魔力を通せば弛緩し収縮して硬度が変わる。そのまま手袋に視線を集めると、優雅に手で仰ぐようにして、王子の横っ面を張り倒した。


「げふぁッ!」


 ゆったりした小さな動きではあったの。溜めを作って振り抜かれた革手袋の衝撃は、同じ長さの鞭にも勝る。

 アホも手袋も使いようじゃ。


「……な、なに、を……」

「代理人を立てる? 笑わすでないぞ。侮辱されるのが嫌なら、逃げずに掛かってこんか、腑抜けが」


 目を泳がせた王子の頬には、赤くクッキリと手袋の跡が残っておった。


「貴様! たかが公爵家の! できそこないが! 王家に弓引くつもりか!」

「寝言を抜かすな。決闘を申し込んできたのは、そちらであろうが」


 わしが当然の指摘をしただけで、王子は唸って言葉を飲み込む。

 理ならば理を、理不尽ならば理不尽を、突き通せんのならば最初から力を示すべきではない。

 やはりこやつは、為政者の器ではないのう。


王家(いえ)公爵家(いえ)との問題にしたいなら、それでもかまわんぞ?」


 もう少し押す。押し返してくるならそれでよい。正しかろうが間違っていようが。勝とうが負けようが。譲れん一線があるのならば、それは人の上に立つ者の気概じゃ。


「貴様が無様と罵ったアダマスの力がどれほどのものか、思い知らせてくれるわ。……お飾りの頭でも、わかるようにのう?」


 しかし当然ながら、こうやつにそんな気概はない。


「ま、待て! 家は関係ない! これは、わたしと貴様との! 個人としての問題だ!」

「なるほどのう」


 怒りと焦りと憤りを交互に浮かべながら、周囲に救いを求める。

 わしに絡んでくる前に人払いでもしたのか、王族と公爵家の諍いと知って関わり合いを避けようとしたか。近づく者どころか遠巻きに見る者さえない。

 気配からすると、隠れて聞いているのは大勢いるようじゃがの。


「お誂え向きに、次は体育(操学)の時間じゃ。教師には話を通しておいてやろう」

「……」

「王子エダクス! ぬしの宣言した決闘を、わしが受けて立つ!」


 立ち去りながら、わしは大音声で告げる。

 思った通り、あちこちから息を呑む気配と静かなどよめきが伝わってきよった。


「女を相手に、よもや逃げるまいな!」

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[一言] 公爵家を「たかが」と言えるほどに中央集権が進んでるんだろうか、このボンクラ大丈夫?
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