乙女の明日は拳と共に
こんにちは。こんばんは。
この作品は、別作品の番外編を考えているときに思いついたモノです。
恋愛要素は、薄いです。
どうぞ、最後までお楽しみいただければ、幸いです。
「さぁ! 運命の時が来たなッ!! 公爵令嬢、ライス・アンカーッ!!」
今、国中の子息令嬢が集う王立学園の卒業パーティにて、バトール王国の第三王子である『ルセ・バトール』が高らかに宣言した。
ひな壇の最上にて、ルセ第三王子は一人の女性を抱き寄せている。
公爵令嬢ライス・アンカーから、言葉にすることも憚られるイジメを受けたとして、王子を含めた国の重鎮んたる貴族の令息ら計四名。
王家『ルセ・バトール』第三王子。
宰相の息子『ハルート・テラーカ』侯爵令息。
医療師団団長の息子『ヘンリー・シンリー』子爵令息。
騎士団団長の息子『ソード・ルエデュー』伯爵令息。
「なんと、愚かな・・・」
ライス公爵令嬢は、目を鋭くさせて王子を睨みつける。
そして、王子の懐にて身を小さくしている女性こそ、今回の騒動が起きる要因となる平民の娘。
バトール王国が毎年行っている『民から発掘! すんごい才能持ち!』という企画にて、国民分の1から選ばれたスーパー平民だ。
名を『リーブロ』という。
よく、男性と間違われてしまう名の可憐な少女は、企画にて選ばれた時も男性と間違われていた不幸な少女だ。
「ライス。おまえは俺の婚約者でありながら、国によって選ばれた平民のリーブロをイジメたそうだな」
「はて? そのような記憶はございません」
「とぼけるなよ? 彼女の名が男性みたいだからと、男子トイレにムリヤリ放り込んだ。と聞いたぞ!」
公爵家の威光を翳し、悪逆の限りを尽くす令嬢の罪を裁く。
すべて、悪の公爵令嬢を断罪し、国の、王子としての正義を貫くため・・・ではない。
「ルセ王子? そんな話は噂でも聞いたことないよ?」
「確かに、男子トイレに女子を押し込んだって言うなら、すぐに学校中の噂になるしな」
「女子たちの情報網は、一国の諜報機関にも匹敵すると言うし、誰も知らないというのはオカシイな話だな」
リーブロが冷や汗を流し始める。
すべてはシナリオ通りに進むはずだと信じていたが、まさか、この局面で流れが狂うとは・・・。
しかし、王子はニヤッと笑みを浮かべていた。
その様子は、すべて計画通りだ。そう、勝ち誇ったような顔でいるが、リーブロからは見えていない。
「なら、次の罪を―――」
「もう、結構ですよ。ルセ・バトール第三王子殿下」
冷たい声音が、パーティ会場に浸透するように響き、ライス・アンカー公爵令嬢は拳を握る。
同時に、ルセ第三王子は満面の笑みを浮かべて言葉を止めた。
もう抑えきれない。この喜びを開放したい欲求が、今にも暴れ出してしまいそうだ。そうとも、彼の計画・・・いや、目論見は達成された瞬間である。
ライス・アンカー公爵令嬢が『ルセ・バトール第三王子殿下』と呼ぶのは、怒り心頭の時なのだ。
すべてが、望む結果になった。
だからもう、この平民は必要ない。
そもそも、公爵令嬢として誇り高い彼女が、平民イジメなどするわけがないのは分かり切っていた。リーブロという娘が妄言癖のあることも理解していた。
だが、そこに利用価値を見出した。
それも、用が済んでしまえば必要ない。抱き寄せていたリーブロを放り捨てることに躊躇いもない。
「え?」
まさか自分が放り捨てられるとは想像もしていなかったのだろう。
目を見開いてひな壇から落ちる彼女であるが、これを受け詰める者がいた。
「っと、ルセ王子? 女性には優しくしてやらなきゃ駄目だぜ?」
ソード・ルエデューが、リーブロを抱き留めて落下を阻止する。と同時に、苦言を述べるも・・・今の彼には届かない。
もう、その眼にはライス・アンカーしか映らない。
悠然と、そして邪悪に、ひな壇を一歩ずつ降りていく。
その様子を、爆発寸前の怒りで満ちた瞳で、ただただ冷たく睨むライス・アンカーがいる。
「このような醜聞を広めるなど・・・王家の面汚しですね」
その一言は、長く溜め続けてきた不満を爆発させるには十分な言葉だった。
「なんとでも言えッ!!」
両手を広げ、己の心情を吐露するために怒鳴り散らす。
「君がいけないんだ!! 何度も! 何度も!! 何度も挑発してきたというのに!!! その怒りを爆発させることなく我慢する! すべてはお前が悪いんだよ!! ライス・アンカーッ!!」
誰もが、沈黙する中で・・・ただ一人だけが呆けていた。
話の流れ、場の空気、その全てがリーブロの知るシナリオとは異なっている現状に、もはや理解が追い付かない。
と、ソード・ルエデューがリーブロをしっかりと抱きしめた。
「掴まっていろ・・・こりゃ、世紀の大決戦になるぜ!」
なにがなんだか、まるで呑み込めないリーブロは、ただ言われた通りにソード・ルエデューにしがみ付いて身構える事しかできなかった。
「さぁ、ライスよ! 俺は、おまえと初対面した時のリベンジを果たしたいんだ!! あの力ッ! あの覇気を! もう一度解放しろ!!」
「そうですね。もう、我慢の限界です・・・覚悟なさい? あなたが私と全く以て、不釣り合いである男なのだと、今度こそ・・・その体に分からせて差し上げます」
二人は、同時に【武】の構えを取って互いに声を放った。
「「はあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」」
両者がその内に内包されている力。己の体内に宿る『覇気』を今、解き放つ。
「いざ!」
「尋常に!!」
「「婚約覇気!!」」
パーティ会場は震撼する。
両者の常軌を逸した覇気で、居合わせる卒業生たちは吹き飛ばされてしまわないように耐えるのだ。
ただ一人、状況を未だに理解できていないリーブロは、騎士団長の息子であるソード・ルエデューに必死でしがみついて、ただ叫んだ。
「何が、何が起きているのよ!! どうなってんのよ!?」
「ん? なんだリーブロ。おまえ、知らないのか?」
意外だと言わんばかりに、ただ驚くソード・ルエデューである。
「まぁ、知らないのも当然でしょう。これは、私たちの国でも貴族のみで行われる結婚相手を見つけるための儀式なのですから」
宰相補佐を早くから務めている侯爵令息のハルート・テラーカが、覇気の圧でズレた眼鏡をクイッと直しながらリーブロをフォローする。
「それにしても、王子の話って事実だったんだね。妄言だと思っていたよ」
話の流れを読むことなく、腕を後頭部に回して寄って来た医療師団団長の息子であるヘンリー・シンリーが、愉快そうにヘラヘラとした顔で言う。
「確かにな。王家は国一番の覇気をお持ちだが、それを超える覇気の持ち主がライス嬢ってのは、信じろってのが難しいぜ」
ソード・ルエデューが苦笑しながら言うと、他三名も同意する。
「怒りを溜めて開放する。これで覇気を超える覇気を開放するというわけですか・・・しかし、これは相当に我慢強くないと、とても到達できない境地ですね」
「ってことは、かつてライス嬢との初対面で婚約覇気した時に、フルボッコにされたっていう噂を事実だったわけか」
そういう噂はあったが、王家が公爵家に負けるわけがない。
国で一番強い一族だからこそ、王なのである。という国の共通認識によって誰も信じていなかった。
「ふふ。しかし・・・このような素晴らしい覇気に当てられてしまえば、我々も黙って観戦などしていられませんね」
「そりゃそうだ」
ハルート・テラーカの言葉に同調するソード・ルエデューが、ニカッと笑いながら同意する。
すると、ヘンリー・シンリーが両手を叩き合わせて声を張り上げた。
「いよぉーし!」
会場に集まる皆が、彼に注目する。
「お集りの卒業生皆々様! これより予定を変更してッ! 大! 婚約覇気を! みんなで行おうでは、ありませんかぁあ!!?」
その宣言に、誰もが賛同する。
拍手喝采。などは起こらることはない。
なぜなら、子息令嬢たちは続々と己の覇気を開放していく。男も女も、皆が【武】の構えから力を開放し、今日という晴れ舞台のために用意されたスーツやドレスを弾け飛ばしていくのだ。
男女共に、鍛え抜かれた筋肉が『婚約覇気』を目前に躍動する。
「お? そこの君! いい覇気をしているねぇ!」
「ヘンリー様!? きょ・・・恐縮です!」
「そこのあなた。私と一曲、踊りませんか?」
「ハルート様がわたくしを!? 喜んでッ!!」
己の解放した覇気と釣り合う者同士が、続々とペアを組んでいく。
「え? これってダンスパーティになるの?」
リーブロは思考停止の状態から回復するも、その耳には爆竹でも鳴らしているのか?と思うほどの爆音が響き続け、それがルセ王子とライス・アンカー公爵令嬢の殴り合いであるという事実を絶対拒否することで、ギリギリ平静を取り戻す。
「おう、そうだぜ。よく見ておくといい。婚約覇気のダンスは、刺激的だからな」
すると、男女ペアが続々と互いの拳を叩き合わせていく。
リーブロは、目を点にした。
「何するの?」
「始まるぜ」
次の瞬間、男女ペアが殴り合いを始める。
顔や体への攻撃は避けているのは見て分かり、互いの攻撃を手や腕、脚などで受け止めている。
「これが、婚約覇気で行われるバトルダンスだ」
ソード・ルエデューによる婚約覇気の説明が始まる。
「互いの覇気が釣り合う者同士。そして拳と蹴りを受け止め合うことで身体の相性を確かめる。さらに、攻防の瞬間的な入れ替えなどで心を通じ合わせるんだ。一切の怪我もなく、ダンス・・・つまりは婚約覇気を終えることができたなら、二人はベストカップルだ」
もう、理解そのものを拒否しているリーブロ。
「間違いなく、強い子供が生まれることになる」
「・・・え? は? どういうことなの?
「どうした?」
「わ、私の知っている世界から、唐突にかけ離れたんですけど・・・」
「はは! そりゃそうだ。貴族と平民では求められているモノが番う。貴族は男女問わず、国の窮地には戦うことが義務付けられているからな。自由恋愛ができる平民と違い、貴族は強い子供をたくさん作ることが義務なんだ。そうしないと、他国の侵略を許すことに繋がるんだよ」
「ど・・・どういうことよぉ?」
リーブロは頭を抱えた。
彼女は、地球にて不慮の事故により死亡した記憶がある。
そして、スマホアプリゲーム『乙女の明日は拳と共に』という乙女ゲーの世界に転生した。
ゲームの設定では、武力に注力する国で起こるラブストーリーで、非力な主人公は合気道の使い手である。
空手やムエタイ、ボクシングなどの攻撃的な技を絶対の正義とする国の方針で、非力な者に価値無し。という価値観を打ち砕く革命者となるのが、主人公の役目だ。
パワーで平民のリーブロを否定する暴力を、合気道にてねじ伏せるミニゲーム。
攻略対象との一騎打ちや、悪役令嬢との勝負など、これらの勝敗でストーリーに差分が生まれるやり込み要素満載のゲームだった。
そしてリーブロは、転生前は親の意向で格闘技を習わされていたこともあり、この世界でもうまく立ち回れていた。
力で相手を制する技ばかりの男たちを、非力なリーブロがねじ伏せることで「おまえ、面白い技を使うんだな」っと、仲が深まっていくのだ。
しかし、婚約破棄のイベントである卒業パーティにて、自分の知らない事態が起こってしまった。
『婚約覇気』
何それ? 破棄じゃないの? 覇気? なにそれ?
もはや、リーブロは目を丸くして涎が垂れてしまうほど、ただ呆ける事しかできなかった。
婚約覇気? なにそれ? おいしーの?
「らぁあいぃいすぅうううう!!!」
「るぅうせぇぇえ!!」
今、ひときわ大きな花火にも似た覇気のぶつかり合いが爆発する。
ゲームでは王道の王子と悪役令嬢は・・・今、なんかどこかで見たことのある少年漫画のように、王子は白い覇気を輝かせ、令嬢は黄金の覇気を輝かせて殴り合っていた。
ダンスではない。
マジで殴り合っている。
「ひゅー。王子が防戦一方とはな!」
「ひゃへへへへへへへへへへへへッ」
リーブロは、自分の身体が溶けているような錯覚と共に、思考が破損し始めていた。
なんでこうなった?
そんなこんなで、ルセ王子が殴り飛ばされて、床に激突したことで大きなクレーターが生じる。
身体中がライス・アンカー公爵令嬢の拳にて痕が深く刻み込まれ、大変痛々しい姿に見える。それでもルセ王子は身を起こし、血の混じった唾を吐き捨てた。
キャラ崩壊レベルの邪悪な笑みを浮かべながら。
「「ふ。苦戦しているようだな!!」」
会場の全員が、突如響いた声に身構えつつも、視線を声の元へと向ける。
視線が集中する先には、二人の男性が腕を組んでパーティ会場の壁と柱に背を預けていた。
「あ、兄上たち!」
ルセ王子は、驚きのあまり狼狽すると、腕を組んだ二人の兄が戦意をギラギラにした目で弟のルセ王子へと歩み寄っていく。
バトール王国、第一王子『イナ・バトール』
バトール王国、第二王子『イヤ・バトール』
二人は、王家でも珍しい双子の王子である。なんか、唐突に現れた。
「ふ。お前ひとりで楽しむなよ」
「婚約者だからと、ズルい奴だ」
腕組みを解いて、空中より見下ろしているライス公爵令嬢を見上げる。
「俺たちも、ライスたんにボッコボコにされたままだからな」
「リベンジしたいのは、おまえだけじゃないんだぜ?」
不敵な笑みを浮かべつつ言うと、次の瞬間には表情を引き締めて【武】の構えを取った。
「「はああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」」
双子王子が同時に覇気を解き放ち、着ていた高級の服飾が弾け飛んだ。
残るのは股間周りの布だけとなる。
「すげぇ!! まさか、あれほどの筋肉をお育てになられたのか!!?」
「なんてステキな筋肉なのでしょうか!」
卒業生の皆々が、二人の王子が解き放った力を目の当たりにして、興奮していく。
しかし、そんな双子王子を一笑する者がいた。
「あら? あの頃よりは強くなられたようですね。雑魚王家の双子王子」
「言ってくれる」
「情けないが、かつての君は、我ら兄弟・・・三人まとめてかかって来いと、言っていたよな?」
ライス・アンカー公爵令嬢は、正しく、悪役の微笑を浮かべて手招きをした。
妖艶な魅力を放ちつつも、圧倒的な覇気で周囲を威圧する。
「構いませんよ? ハンデにはちょうど良いかと・・・三人まとめてかかってきなさい」
「ゆくぞ!!」
「今度こそ!!」
「おまえを超えて見せる!!」
――婚約覇気――
それは、ある王国の貴族が、国を守る武力を維持するための伝統行事である。
こうすることで、他国からの侵略を防ぎ、侵略してきた他国を滅ぼして国土を拡げていく国の・・・絶対行事である。
世界は、そうして【武】の荒波へと・・・呑まれていく。
おしま――
「ちょっと待って!! 私のハーレムエンドはどうなるのよぉお!?」
知らん。
「そんな―ッ」
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。