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一章 3

黒くて少し硬そうな短髪が視線の先で微かに風に揺れている。身長も後ろ姿も、どことなく"あの人"に似ている気がする。無意識に足がそちらへ吸い寄せられ…止まる。

 もう何十年、何百回、こんな不毛な自己問答を繰り返してきたんだろう。期待して、落胆して、その度にあの日に交わした約束を想う。


「もしまた逢えたら、今度こそ一緒に生きよう」


 不老不死なんて非現実的なことがあるなら、生まれ変わりだってきっとあるはずだ。そう信じられる。

 いつかきっとまた逢える。

 そう思っていなければ、私はもう、息すらできないのだ。

 今日も、私の視線は黒い人の波の上を漂うようにただ滑る。




「次回作、どんな題材にするか決まった?」

 テーブルを隔てて向かいの席に座る女性が尋ねてきた。

「そうですね…SFかファンタジー要素を取り混ぜた作品とかどうでしょう?」

 実はまださっぱりイメージが固まっていないのだけれど、何も決まっていませんと打ち明けるのは流石に気が引けた。それでは私の為に最低でも月一回、時間を割いてくれている彼女にあまりにも申し訳が立たない。

 ここは東京、有名出版社がいくつも点在することで有名な町の喫茶店。目の前に座る彼女は木崎(きざき) 凛子(りんこ)さん、出版社の編集者だ。いつ見ても化粧も服装もびしっと決まっていて女性としてとても尊敬している。そして…彼女は私の顔と脳内を読む超能力の持ち主だった。

「今適当に言ったでしょ。何も考えてなかったのがバレバレだからね」

「……すみません。まだ何も」

彼女は溜め息を吐きつつコーヒーカップに手を伸ばし、ひと口飲んでから仕方がなさそうに笑った。

「まあ、焦る必要はないんだけどね。貴女はまだまだ若いし、前作の売れ行きも順調だしね」

この時代の人に『若い』と言われると、何とも言えない居た堪れない気持ちになる。

 戦争が終わって暫く経った頃から、私は小説を書いて生計を立てるようになった。時代が移り変わる中で、学歴や職歴も無く就ける仕事がどんどん限られていったからだ。元々本を読むことは好きだったし、永い時間の中で本は減ることのない数少ない楽しみだった。多少なりとも私に文才があったのが何よりの救いだ。


「しっかし私も初めは驚いたよ。あんな極太のミステリーを、こんな若い女の子が書いてるなんて。投稿作品読んだ時は玄人のオヤジを思い浮かべてたのに」

「凛子さん、初対面の時三度見してましたよね」

 私が今の名前で小説を書き始めたのは二年程前になる。容姿が全く変わらない私は長い期間同じ場所、同じ名前で活動することは出来ない。それ故に長くとも十年程度で出入りする出版社と名前を変えなければならない。担当編集者以外とは極力会わず、覆面作家としてひっそりと活動している。本当は誰にも会わない方がリスクは無いのだが…


「まぁ、詰めがちょっと甘いところが惜しいところだけどね。それが克服できたら江戸川乱歩賞も狙えたと思うんだけどねー」

 苦笑して濁したが、実のところそれはわざとなのだ。覆面を貫きたい私にとって大きな賞にひっかかる事だけは何としても避けたい。歴代担当と目の前の現担当への謝罪の言葉が脳内でゲシュタルト崩壊を起こしかけたところでどうにか思考を切り替える。

 ただ、凛子さんは私を買い被り過ぎているように思う。私の執筆時の思考は全て、これまでインプットしてきた無数の物語の集合体に過ぎない。天才奇才と謳われた多くの文豪たちのアイデアや書き癖などをごった煮にして綺麗な上澄みのみを掬い上げただけのものが、私という作家なのだ。そこに私自身から生まれ落ちた言葉は、ひとつも無かった。


「ま、ひとまずゆっくり休むと良いよ。スランプは誰にでも起こり得るものだしね。若い子にでも、ね」

 恐れ入った。本当に頭の中が筒抜けだ。やはりこの女性は脳内を読む超能力者なのだろう。

 そう、今の私は本当に言葉通り、書けないのだ。記憶すら抜け落ちてしまったかのように、引き出しを開けても開けても、何も出てこない。こんな事は初めてで、自分でも戸惑っていた。


「じゃあまた来月の第二火曜日にここで」

 取り留めのない世間話をして彼女と別れる。忙しいだろうに、何の進展も無く定例会が終わってしまった。口の隙間から漏れ出るような溜め息を長く吐き出した後、ゆっくりと踵を返して駅へ向かう。人混みはあまり得意ではない。暫くは、あの閑かで懐かしい土地に、久々に拠点を置こうか。

 化け物に英気なんてものが宿るのかは解らないが、少しは養えるかもしれない。

 肩に掛けた鞄から使い込んだヘッドホンを取り出して耳を塞ぎながら電車に乗り、まだ少し肌寒い冬を残しているであろう故郷へ想いを馳せた。

初めまして。

ここまで読んでくれた方に最大級の感謝を。


当サイトを利用すること、書いた小説を誰かに読んでもらうこと。どれをとってもド素人です。

読んでくれた方の心に少しでも残ってくれるような、続きが気になってもらえるような物語を目指して拙いながらも紡いでいこうと思います。

ゆっくりな更新にはなるかと思いますが、お付き合い頂けると幸いです。


改めて、ここまで読んで下さり有難うございます。

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