5話 “戦え”
俺がまだ幼かった頃の話だ。
俺の父は、辺境の小さな領土を治める領主であった。貴族としては決して高い位ではない。だが、父は領主としてこの上なく、民のことを考えて振る舞う人徳であり――そして何より、国内でも有数の強大な魔術師であった。
争い事があれば、領主自ら率先して最前線に立ち、魔術を行使して民を守る。政治や外交には疎い父であったが、魔術師としての才は王国だけでなく、他国の権力者からも一目置かれていた。
そんな父は常に多忙で、一人息子の俺ですら、殆ど顔を合わせる機会はなかった。偶に会えた時も、表情を崩して俺の頭を撫でながら、何事か思案を巡らせていた。
領民からの尊敬と信頼の眼差しを一点に集める父親の背中は、その頃の俺にとっては、太陽のように輝いて見えた。
そして、当然のように憧れを覚えた俺は、父のような偉大な領主になりたい。だから自分も魔術を学ぶんだと活気よく叫ぶ。
しかし、母が儚げに返した言葉を、俺は今でも強く覚えている。
『――魔法はね。才能が全てなのよ。だから……貴方は残念だけど――魔術師の道は諦めた方がいいわ』
そして、領主として民を支える為の、別の道をつらつらと提示していく母。
しかし幼い俺には、母が何を伝えたかったのかなんて分からなかった。ただ、自分の夢が事も無げに否定されたことに青い怒りを爆発させていた。
母の制止を振り切り、強引に許可を取り、俺は家を出て、地元の魔術学校の中等部に入学する。
寮に移り住むようになったその頃の俺は、持てる時間を全て捧げるかのように、父のような強大な魔術師を目指して修練を積むようになった。
魔術の知識を深め、魔術の種類やそれに対する対策を学ぶ。効率の良い術式の構築の仕方を学び、やがて俺は一度に初級魔法の『水弾』を3つも同時生成出来るようになった。当然のように、学校の成績は常に1位をキープしていた。
だが、それに対する教師の反応があまり芳しくなかったことは覚えている。
そして、俺自身も、高等技術を達成したことは事実であったが、試合における自身の魔術の威力が思い通りのものでは無いことに違和感を感じていた。
それから、時間が経てば経つほど、次第に周りの生徒が、俺の実力に追いついてくるように感じるようになった。俺が水弾を4つ生成できるようになっても、爆発的に成長する彼らとの差は段々と縮まっていく。
――俺は周りのヤツらと違って、こんなにも全力で努力しているのに、なぜ思うように成長しないんだ?
理解不能な状況に、ただ追い付かれる焦燥感だけが募った。
そしてある時、授業の中の模擬試合で。俺は初めて敗北を経験した。
相手は、魔術の授業をまともに受けておらず、いつも怠けてばかりのやつだった。だが、そいつが何の気なしに使った魔法は雷属性の魔法だった。後に聞いた話では、試合の前日かそこらに、新たに覚えたのだという。
迸る閃光。
水弾を幾つ作ろうともどうしようもなかった。水魔法をものともせず貫いてゆく電撃に、とても対処など出来るはずがない。
なすすべもなく一瞬で勝負がついた。俺は無残に地に倒れた。
家に帰った俺はベッドに倒れ込み、涙を流しながら絶望していた。
必死で限界まで魔術を努力し続けた俺に、その敗北が受け入れられるわけがなかった。
一方で敗北の理由は明確に理解していた。そして、俺はようやく母の言葉の意味を理解したのだ。
……いや、本当は知っていたが、ずっと目を逸らしてきただけなのかもしれない。
――魔術とは、才能が全てである。
魔術師としての格は、生まれた時の魔力量や、魔力の種類によって全て決まっている。
どんなに努力しても決して追いつくことの出来ない格差が存在しており、100の努力より1の才能こそが力を示す世界。
それが『魔術』に対する世界の常識であり、絶対不変のルールであった。
俺は初級魔法しか使えず、使える魔法の種類も最低ランクの威力である水魔法のみ。
全体から見れば、魔法が使えるだけまだマシではあるのかもしれない。だが、魔術師としては最弱としか言いようがない、呆れてしまうほどの才能。
故に。過去の母の言葉は、俺にこの絶望を味合わせたくなかったが為の助言であったのだと。俺はこの時ようやく理解した。
俺の武器は30cm程の小さな水の球体を4つのみ。そんな貧弱な攻撃でどうやって、炎や雷を自在に扱う“本物”の魔術師を倒すことが出来ようか。
俺は世界に絶望し、嘆き――。
そして、一晩が開けて――俺は一転して激怒した。
こんな理不尽なことがあってたまるか、と。
生まれた時に全てが決まるなら、俺のこれまでの努力は一体何の意味があったのだと。
努力して努力して、限界まで努力しても、生まれた時の運が悪かったと言うだけで辿り着けない境地がある?ふざけた事を抜かすな!
俺は絶対に認めない。
……才能がない? 魔術の才能が無くたって何も問題は無い。
魔術の才能がないなら、他の才能で補完すればいい。どんな戦術でも、どんな姑息な手でも、利用できるものなら全て利用する。勝つためなら何でもやる、全てを捧げてやる。
だから――。
※ ※ ※
俺は目の前に立って、じっと俺のことを見つめている猛獣のような女に口を開いた。
「俺が強くなる理由は、ただ一つ。強くありたいからだ。強大な魔術師として、領民を最前線で守り抜く。多くの人に信頼された父のような立派な領主になる。それが俺の責務で、ただ一つの……夢だ」
そう、真剣に彼女の目を見つめ返し――答えていた。