4話 よし、アイツはいないな。今のうちに
場所は昨日と一昨日と同じ校舎裏。例のごとく有無を言わせず連れ去られた俺は一際大きくため息を吐きながら言った。
「お前……本当にいい加減にしろよ?毎日毎日、決まり事のように決闘だ決闘だ言いやがって……。俺も暇じゃないんだよ」
「私だって暇じゃないわよ!でも貴方のアドバイスを聞いて練習したわ!強くなったんだから決闘しなさいよ!」
「あのな。魔法なんて一朝一夕でどうこうできるもんでもないだろ?百歩譲って1週間みっちり練習してきてからにしろよ……」
「ううん!必要ないわ!だって、私は昨日の貴方のアドバイスで最強になったんだもの!今日なら絶対に貴方に勝てるわ!」
「――待て、今お前、なんて言った。“最強”だと?」
決闘なんて気も心も疲れること、もう一切受けてたまるか。と心に決めていた俺だが、しかしその言葉にカチンと来た。
「まさかお前、この俺を差し置いて、“最強”を名乗るつもりじゃなかろうな……?」
「そのつもりよ!昨日練習した今の私は最強だわ!」
「ハッ……。よし、いいだろう……。それならもう一度実力の差というヤツを思い知らせてやる。今度はそんな減らず口を聞けないよう完膚なきまでにな……!決闘だ、かかってこい女!」
「うんっ!じゃあコイントスするわね!」
こうして、またも、まんまと勝手に自分で乗せられていった俺は、結局決闘をすることになった。
ピンと弾かれたコインが空中を舞い、真っ直ぐ地面に落ちる。そして金属音が鳴り――3回目の決闘が始まった。
その瞬間、俺は連日同様バックステップして距離を取りながら術式を組んだ。組むのも、同様に6つの『水弾』だ。これが俺にとって最も戦術的に安定した動作である。
対して、彼女も前回同様、じっとその場に待機し、術式を組んでいる。
また『炎壁』か? なら水弾を射出しても無駄になってしまうな。
俺の水属性魔法のいい所は、時間経過によって魔力が拡散されにくく、水を大量に貯めて一気に放出することが可能で、落とし穴のような多彩で強力な戦略が取れるところだ。まあ、その代償として威力は最弱クラスなんだが。
これが例えば火属性魔法とかだと、高威力な分、発動した瞬間あっという間に魔力が空気中に拡散され、消えていってしまう。
そんな水属性魔法だが、前回の決闘で彼女にその戦略を知られてしまった以上、わざわざ燃費の悪い無術式魔法を使う必要は無い。俺は堂々と自分の最大限度で術式を組んで、地下と自身の周囲に水弾を発現し続ける。――剣を手に近づいてくるであろう彼女を迎え撃つ構えだ。
暫くして、彼女は術式を発動した。創造されたのは炎壁――では無く、4本の炎の剣であった。
無論知っている。中級魔法の『炎剣』だ。それにしてもこの発動速度――やはり彼女には高い魔法のセンスがある。
この女、こんな魔法まで使えたのかと、心の中で愚痴を吐き捨てた。
たかが『4本』とは言っても、他属性より威力に優る火属性な上に中級魔法。俺の水弾程度ではとてもじゃないが話にならない。単純な火力勝負の土俵まで持ち込まれてしまい、俺としてはかなり厳しい状況だった。
俺はふーっとため息をついた。……仕方ない。使うしかないか。
俺は、自分の周囲に巡らせていた水や、罠として地下に張り巡らせていた水を回収する。俺の目の前で目まぐるしく集合・合成し、身の丈を超える大きな塊となる水。俺はそれを変形させる。
最も効率良く火を鎮める形に創造――それは、粘性の高い4本の盾。液体は粘性が高ければ高いほど、蒸発速度が小さい。つまり、炎により強くなる。水の粘度変更はこういう特殊な場面で案外役に立ったりする。
真正面からぶつかり合った互いの魔法は、やがてお互いに相殺され、消えていった。
しかし、俺の貯水は全て無くなってしまった。さて、どうするか。
強く地面を蹴る音。彼女はその隙を逃さず勢いよく俺と距離を詰めようとする。
俺は瞬時に術式を展開し、水弾を幾つか生成。合わせて周囲に僅かに散らばっている水粒子を合成し、集まった水を槍上に変形させる。しかしコイツは射出せず、相手の行動を牽制する用途に留めておく。
彼女はそれを確認し虚空を掴むような動作をすると、いつの間にか身の丈ほどの大剣を手に持っていた。たとえ槍を撃っても何時でも叩き斬れるぞという反撃の構え。
それにしても……またあの謎の魔法か。確か1回目の決闘の時にも使っていた。
改めて術式を見ると、ただの鉄生成魔法とは思えない。彼女の仕草も、まるでどこかから剣を取り出しているかのような――。
考えながら、手を休めず術式を構築し続ける。瞬く間に幾つもの水弾が出来上がっていく。それを今度は順次、手を加えずにそのまま発射する。
「ふんっ!」
驚きの速さで術式を展開し、剣に煉獄を纏わせた彼女は、水弾を一息に叩き斬りながら近づいてくる。
やはり身体能力もずば抜けて高い。それに今回は前より炎の威力をかなり強めている。斬った水を俺に再利用させない為だろう。大雑把そうな性格の割に、反省を生かし、事細かにキッチリ対策しているようだ。
ジリジリと後退し距離を空けながら、水弾で応戦する俺。しかし距離はどんどん狭まってゆく。客観的に見れば正しくジリ貧の状態であったが、しかしまだ切り札は残されていた。
俺は、彼女の攻撃を妨害するのに最低限必要な水を残して、残り全てを地下に貯蔵し続けていたのだ。使ってないトラップはまだある。こいつを上手く使えば、あの猛獣のような女を叩き潰せるかもしれない。
だが、走り、向かってくる彼女の周囲に突如、数多の火の玉が出現し始めた。
「はっ?」
思わず声を上げる俺。アレは初級魔法の『火弾』だ。なんでいきなり出現した?
しかし俺には思い当たることが一つあった。
昨日俺がアドバイスとして教えた無術式魔法。まさか彼女は、それを家に帰ってからの半日立たずで習得したというのだろうか。俺は泊まり込みで必死に練習して2週間掛かったというのに?
しかし、目の前の現実がそれが真実であると示していた。次々と容赦なく射出されていく火弾。魔術的センスに優れるものの魔法は、悔しいが……これまでただひたすらに初級魔法を極め続けた俺の水弾より、量も質も勝っていた。
貯蔵した水を使っても、暫く火弾を耐え凌ぐのが精一杯。距離を詰められることを避けるのに回すだけの水量はとてもじゃないが無い。絶体絶命の状況。……だが、
「――フッ」
俺はニヒルに笑う。
しかし。俺は我ながら嫌らしいほどに狡猾なのだ。だから、こういう時のためのトラップを常に幾つも用意している。
――万に一つも、負けることなど有り得ない。あってはならない。
俺は魔力を操作した。対象は、地下に張り巡らせた俺の最後の切り札――水。
それを細かく分裂させる。そして創造――霧をイメージする。
瞬間、地下のあちこちから水蒸気から吹き出し、爆発するように一瞬にして周囲が靄に包み込まれ視界を塞いだ。1m先の景色も見えない程に。
足音が聞こえる。戸惑う呼吸が聞こえる。メラメラ炎が燃え盛る音がする。なぜなら、蒸気化した水粒子が振動し、彼女の居場所を教えてくれる。
だから例え俺の視覚では見えなくとも、俺の聴力では聞こえなくとも、俺には彼女の行動が手に取るようにわかる。
時間を稼がなければならない。
俺は、彼女の周囲あらゆる方向から牽制するように水弾を放ち、身を隠しながら、不安を煽り、魔力を削り、焦らしていく。
蒸気を剣で扇ぐように振り払い、炎が空間を焼き払う。どうにか視界を確保しようとする彼女だが……しかし、そうはさせない。俺は水弾を地下に向けて撃ち込み続け、霧を追加。常に曇った視界を維持する。
時間が経つ度、どんどんと地中に貯まっていく俺の水魔法。やがて、ようやく彼女が蒸気の中で俺を見つけた時には、俺は中級魔法4つ分の水源を所有していた。
「喰らえ」
俺はそれぞれを巨大な4本の槍に変形。彼女に東西南北4方向から迫り来る槍は1つが1つが炎剣2つ分程度の威力を保有している。霧に対抗するため、術式を剣のみに纏わせていた彼女では、コレはとても対処しきれない。
「ッ!?」
4本の槍は彼女を思うがままに蹂躙し――などということは無く、俺は魔力を操作し、攻撃を寸前で止めて水を槍から元の液体へと戻してやる。
こうして、3回目の決闘も、俺の勝利にて幕を下ろした。
俺がパンパンとズボンの埃を払っていると、彼女は我に返ったように体を震わせた。やがて大きく歯を食いしばり叫んだ。
「あっ!……私、また負けたのね!悔しいわ!」
その割には彼女の表情は実に晴れやかに見えた。
そして、俺に向き直って、快活な笑顔を浮かべて、
「ねえ、今日は急に周りが何も見えなくなったわ!一体何をしたの!?」
俺は面倒くさげにため息をつきながら、
「……はぁ?教えるわけあるか。俺の重要な戦術の1つだぞ」
「なによ、ケチ……。そのくらい教えてくれてもいいじゃないの!」
プンプンと怒る彼女。俺はワガママな子供を相手にする親の気分になってきていた。
「あのなぁ……少しは自分で考えてみる気は無いのか?」
「考える?うーーん……」
そうして、彼女は暫く唸り続けると、ポンと手を叩いた。
「分かったわ!貴方、上級魔法を使ったのね!すごい魔法だわ!」
キラキラとした目で感心したように俺を見つめ、コクコクと頷く彼女に俺は胸の前で手を交差し、バッテンを作る。
「違う。全然違う。大ハズレ」
「ええ!?嘘っ!」
まるで当たっているのを100パーセント信じていたかのように残念がる彼女だったが、俺はそれを聞いて、心の中で誇らしい気持ちであった。
上位魔法?そんなもの、俺が使える訳が無い。
上級魔法なんてのは、魔術のセンスに優れたごく一部の人間にしか使えないからだ。雲の上のような存在にしか使えないのだ。
対して、俺のセンスでは、中級魔法すら戦闘じゃまともに使いこなせない。そんな人間に上級魔法なんてとてもじゃないが、使えるはずがない。
――だが、魔術師はセンスが全てではないと、俺は信じている。
初級魔法しか使えない、センスの無い俺でも、工夫次第で才能を持った人間に勝つことが出来る。たとえ初級魔法でも、使い方次第で上級魔法と遜色ない働きが出来る。
だから、その言葉は俺にとっては最大級の褒め言葉でもあった。
仄かに笑みを浮かべる俺だったが、その間、目の前の彼女は俺の外れという言葉を聞いて暫く考え込んでいたようだ。うんうんと唸り続け――やがてカッと目を見開いた。
「やっぱり私にはさっぱり分からないわ!ねえっ私に教えてよ!お願いだから!お願い!」
俺の両肩をガッチリと掴んで揺らしながら、グイグイ聞いてくる彼女。
俺は何かを思案してから、ガックリと首をもたげ、大きな大きなため息をつくと、頭痛に表情を顰めながら、またも結局。彼女に、地下に貯めていた水を、霧状に変形して視界を奪ったことを説明していた。
彼女はそれを聞いて、興奮した表情で俺の手をぎゅっと握ると、
「水魔法を霧状にするなんて!そんなこと思いつくなんてすごい発想力ね!流石だわ!」
「そ、そんなたぁねえよ……」
純粋な尊敬の眼差しをぶつけられ、歪む表情を必死で堪え、そっぽを向く俺。
そんな俺に回り込むようにして、彼女は聞いてくる。
「ねえ!ねえ!それって私にもできるかしら!」
「うん?……んーー……まあ、火じゃ難しいだろうな。だが、火なら煙は利用できるんじゃないか」
「えっ?なにそれ?」
「つまり、例えば――」
俺は思いついたことをつらつらと話していく。それを聞いて目の色を変えた彼女はコクコクと頷き、必死で話を聞いていた。
「なるほど!貴方のアドバイスは本当に参考になるわね!」
「そりゃ、良かったよ……」
俺は一体何でこいつとの決闘に付き合い、更になぜ助言なんて与えているのだろうか。
「はぁ……」
……もう帰ろう。もう日も暮れてきた。
そう思い、バックを肩に掛けた俺だったが――思考を巡らせ、必死で俺が話した内容を吟味している彼女を見て、ふと疑問に思ったことが口から零れた。
「……なあ、なんでお前そんなに強くなりたいんだ?」
俺の声に彼女はキョトンとした表情をすると、立ち上がり、ピッと雄々しく胸を張って、
「そんなの決まってるじゃない!“カッコいいから“よ!」
「はぁ、カッコいいから……?」
俺は怪訝な目を向ける。しかし彼女の目は、俺に羨望の目を向ける時と同様に真っ直ぐだった。本気の目だ。
「なによ!おかしい!?」
「いや、別におかしくはないが……」
――子供っぽい。
口には出さずに心の中で呟く。
「でしょう!将来、世界最強の魔術師になって、剣士にもなることが私の夢よ!」
そう言って、雄々しく胸を張る彼女。なるほど。実に子供らしく、大きな夢だ。
俺は思わず微笑ましい目で彼女を見つめた。
彼女はふと、俺に向き直って、
「それより、貴方が聞いたんだから、そっちも教えなさいよ。貴方はなんで強くなりたいの?」
唐突に聞かれ、俺は思わず口を閉ざした。
……なぜ、俺が強くなりたいのか、か。
それは……決まっている。俺にとっては毎日何度も思い起こす、極々当たり前の話である。
だからその瞬間、俺はいつもの様に静かに過去を思い起こしていた。
それでいて――記憶を深く抉りこむように。