3話 もう勘弁してください
「――お断りだ!」
と即座に断言したものの、俺の叫びは聞き届けられなかった。
周りの生徒がザワザワと何かを騒ぎ立てる中、手首を捕まれ、俺は半ば引きずられるように、教室から連れ出されていった。
場所は昨日と同じ校舎裏。俺は大きくため息を吐きながら言った。
「いや、お前な……。昨日も決闘したばかりだろうが……」
「それが何よ?別にそんなことどうでもいいでしょ?」
そりゃお前はいいだろうが、俺は大変迷惑を被っているのだ。
「昨日の貴方のアドバイスの通りに練習して、何かを掴めた気がするのよ!今日なら“絶対に“貴方に勝てるわ!」
決闘なんて面倒くさい、一切受けてたまるか。と心に決めていた俺だが、しかしその言葉に――カチンと来た。
「……おい。今なんて言った? まさかお前がこの俺に勝つだと?……笑わせてくれる」
「ええ、勝てるわ!だって私は昨日よりずっと強くなったもの!」
「いいだろう……。なら格の違いというヤツを思い知らせてやる……。決闘だ、かかってこい女……!」
「うんっ!じゃあコイントスするわね!」
こうして、まんまと勝手に自分で乗せられた俺は、結局2回目の決闘をすることになった。
ピンと弾かれたコインが、風に吹かれ、やや軌道を変えながらも地面に落ちる。
――その瞬間、俺は昨日同様バックステップして距離を取りながら術式を組む。組むのも、昨日同様に6つの『水弾』だ。
違ったのは、それに対する彼女の対応。彼女はじっとその場に待機し、何やら術式を組んでいた。
どうやら本当に俺のアドバイスを参考にしたらしい。始まってすぐ距離を取らないのは、俺と違って近接での戦闘を想定しているからか。
俺は、創り出した水弾を真っ直ぐ彼女に向けて射出すると、彼女は少し遅れて術式を発動し、自らの全面に大きな炎の柱を創り出した。
見覚えがあった。アレは『炎壁』と呼ばれる中級魔法だ。
目を見開く。まさかあんな短時間の構築時間で、あれだけ高威力の魔法を発動できるとは思っていなかった。
昨日の戦闘で、彼女が剣術に力を入れていたことと、火属性を得意としていたことから、魔法戦では俺に大きく優位があると思っていたが……まさか、俺を超えているとは。想定外だ。
水と炎。本来相性は水が勝つものの、威力に劣る俺の水弾は炎の壁に当たると簡単に蒸発した。隙をつくように一気に距離を詰めてくる彼女。
頭の中をぐるぐる思考が巡る。今からもう一度水弾の術式を構築しても、発動までの時間でまた炎の壁やらを出されて、劣勢に立たされる可能性が高い。近接戦に持ち込まれれば終わりだ。なら俺は一体どうすべきか。
しかし、俺は我ながら嫌らしいほどに狡猾だった。こういう時のためのトラップを常に幾つも用意していた。
さっき俺が出した6つの水弾は炎の壁によってご丁寧に、再合成出来ないレベルで蒸発してしまっている。どうやらキッチリと前回の対策をしてきたようだが……俺が一度に創造できる水弾が6つだと誰が決めつけたのだろうか。
向かってくる彼女。しかし、俺の足元は土だから分かりにくいが、よく見れば不自然に広範囲に渡って濡れていた。
――無術式魔法。
発動時間と威力に大幅なデバフが掛かるが、術式を視覚出来ないことから、相手に魔法の発動を検知させないという、戦術に多様性を持たせる有能な魔法。
実は、習得自体はそう難しいものでは無い。しかしその方法を知っている人間は少なく、俺も辺境の有名な魔術師に教えを請わなければ一生使えなかっただろう。
決闘開始時、水弾を6つ射出した俺は、その後も地下に向け、継続して無術式で水弾を発動させ続け、水を貯め続けていた。
彼女が俺のすぐ近くまで迫った時、彼女は地面を強く踏み抜いて――地面ごと崩れ落ちる。
「――えっ!?」
水を操作する力があれば、土を取り除いたり、地面をある程度自然に支え続けることは慣れれば、そう難しいことでは無い。
彼女は俺の創った落とし穴を踏み抜き、地下へと落ちた。そして貯まっている俺が無術式魔法によって創り出した水が猛威を振るう。
……が、当然俺は寸前で取りやめ、水を操作して彼女を地面に引っ張りあげた。実は粘性も変えられるのだ。まあ、普通の状態が一番威力高くて魔力効率が良いから使わないけど。
「まっ、負けたわ……。今日は勝ったと思ったのに……」
地面に尻もちをついた体勢の彼女は、呆然としながら言った。
そして、すぐに俺に向き直り、キラキラとした目を向ける。
「ねえっ!今日は何をしたの!私びっくりしたわ!だっていきなり地面が無くなって落ちちゃったんですもの!」
「いや、あれは……秘密だ」
「ねえねえ!そんなこと言わずに教えてくれない?私すっごく知りたいわ!」
グイグイと顔を寄せて聞いてくる彼女に、俺は一つため息をつくと、嫌々ながらに、無術式魔法を使って地下に水弾を送り込み、落とし穴を用意していたことを説明する。
彼女はそれを聞いて、興奮した表情で俺の手をぎゅっと握ると、
「アナタって本当に凄いわ……!魔法を使ってそんなことが出来るなんて!」
「まあ、この程度、当たり前だ……」
純粋な尊敬の眼差しをぶつけられ、少し照れながら、頭を掻く俺。
「ねえ、その無術式魔法っていうの私にも教えてよ!」
その声に、俺は一瞬躊躇したが、ここまでキラキラとした羨望の目を向けられ、俺は完全に調子に乗ってしまっていた。
「フッ、そこまで言われては仕方がないな……。けど、この魔法は絶対誰にも教えるなよ?」
「うん!約束するわ!」
「なら、やり方なんだが……まず――」
※ ※ ※
そして、翌日になり。授業が終わり、帰ろうと鞄に教科書類を詰めている俺に、バンと大きな音を立てて、急に教室の扉が空いた。
俺はそれを察してため息をつく。
聞き覚えのある高圧的で攻撃的な声、ダンダンと足音を立てながら、俺に近づいてくる人影。
俺は猛烈に嫌な予感をしながら、そっと視線を上げ、その主を見やった。
「――貴方のアドバイス参考になったわ!さあ、今すぐ決闘しましょう!!」
そこには、昨日も一昨日も見た、猛獣のような女が腕組みをして立っていた。
「――お断りだッッ!」
俺は力強く叫んだ。