デートだ! えっと・・これって?
ユリはレストランを出ると、雪が降る中、タクシーを拾った。
「乗って!」
「え?」
「早く!」
「・・・うん、わかった・・。」
ユリの剣幕に押され、翼はタクシーに乗る。
「運転手さん、済みません、権堂までお願いします。」
「はい。」
タクシーは雪の中を走り始めた。
ユリは何も話さない。
翼もそれを見て、話しかけられなかった。
翼にはユリの様子が何故急に変わったのか分からない。
ただただアタフタとするしかなかった。
やがて目的地近くに到着したようだ。
「あ、運転手さん、そこの公園横でいいです。」
「はい、じゃあここで止まりますね。」
タクシーが止まると、ユリは有無を言わさず勝手にカードで精算して降りる。
「ついて来て!」
そうユリに言われ、翼はユリの後についていく。
「あ、あの~・・、タクシー代を僕が・」
「いらない!」
「そ、そう?・・・。」
少し歩いた後、ユリはある店の前で立ち止まる。
そして二階につづく狭い階段を昇り始めた。
翼は雪が降る中、建物に掲げてられている看板を見た。
「晴海亭?」
どうやら居酒屋のようである。
二階建ての建物で、その居酒屋はその二階にあるようだ。
ユリは階段を上り終わると、店のドアを開けて中にいる人に声をかけた。
「マスター、二人だけど・・いい?」
「いらっしゃいませ、どうぞ中へ。」
「ありがとう。」
ユリは翼の方を一瞥して中に入る。
翼もそれに従い店の中に入った。
その店はシックな作りで、ジャズが流れている。
壁に掛かっているメニューを見ると、日本酒と焼酎の銘柄がずらりと並んでいた。
「マスター、奥の部屋、いいかしら。」
「奥の部屋を使うなんて珍しいですね。
奥の部屋には誰もいませんから、好きな場所へどうぞ。」
「ありがとう。そういえば、今日は空いてますね。」
「そうなんですよ、雪のせいかお客さんが少ないんです。
何か真剣な話しでもされますか?」
「ええ、まぁ・・。」
「そうですか、では、他のお客さんが来て奥を使いたい場合、お客を通す前にお伺いにあがりますね。」
「ありがとうございます。」
そう言うとユリは奥にある部屋に向かって歩き始めた。
どうやらマスターとユリさんは親しい間柄のようだ。
翼はマスターの様子をうかがった。
マスターは柔和な人柄のようで好感が持てた。
マスターはユリの後ろにいた翼に気がついた。
ニコリして翼に声をかけた。
「いらっしゃいませ。」
「こ、今晩は・・・。」
「ユリさんとご一緒の方ですね?」
「はい。」
「では、奥へどうぞ。」
「は、はぁ・・、では。。。」
翼は軽く頭を下げた後、軽く店内を見回した。
落ち着いた雰囲気のある気持ちのよい店だ。
カウンターもあり、一人、女性客がお酒を飲んでいた。
どうやら日本酒のようだ。
美味しいのであろう、その女性は微笑をうかべていた。
どうやら、この店は日本酒の店のようである。
奥の部屋は、小上がりとなっており部屋の襖は開け放たれていた。
部屋は畳み部屋であった。
翼は靴を脱ぎ、部屋に上がる。
そして、先に座っていたユリと対面して座った。
何か居心地が悪い。
さっきまで和気藹々としていたというのに、この差はなんだろう?
何がユリの態度を変えさせる事になったのか、翼には理解できなかった。
やがて店員であろう女性が、お絞りと突き出しを持ってきた。
「いらっしゃいませ。」
「今晩わ、きちゃった。」
「よく来て下さいました、といっても先週以来ね。」
「うん!」
「注文はどうします?」
そう店員に聞かれ、ユリは翼を見た。
「何が呑みたい?」
「え?」
「ビール、日本酒、焼酎、それともサワー?
ここの店は日本酒が美味しいわよ?」
「えっと、じゃあ日本酒で。」
「燗にする、それとも冷酒?」
「え? ええっと・・君に任せる。」
「そう、じゃあ、マスターのお任せで日本酒を」
「わかりました。」
そう言って店員は下がった。
「あ、あのユリさん?」
「ちょっと待って、後で話すから。」
すると店の方から、何やらカチャンという音が聞こえた。
「マスターが、今、冷蔵庫からお勧めの日本酒を出している音よ。」
「そ、そうなんだ。
さっきメニューを見たらたくさんあったけど?」
「ええ、この店は日本酒で有名な店なの。」
「そ、そうなんだ?」
「私ね、たまにここに飲みに来るの。
美味しい日本酒を飲むとね、気持ちが穏やかになるから。
それにあのマスターの笑顔、素敵でしょ?」
「え? あ、ああ、そうだね。」
翼としては、同じ男であるマスターの話を笑顔で話すユリに、ちょっと複雑であった。
つまり、焼き餅である。
といっても初デートの相手である自分は、恋人と呼ぶには程遠い。
そんな自分が焼き餅をやくのも変な事はたしかであった。
それに店のマスターと張り合っても意味が無いだろう・・。
やがて店員の女性がグラスと徳利を持ってきた。
冷えたグラスで、お酒は入っていなかった。
徳利は一合でそれが二本、これもよく冷えていた。
どうやら手酌で、グラスに入れて呑む形式のようである。
徳利には並々とお酒が入っていた。
店員の女性が下がって、暫くしてからマスターが一升瓶を持って現れた。
そして簡単に日本酒の銘柄、酒造メーカー、それと味について簡潔に説明をする。
「では、どうぞお召し上がり下さい。」
そう言ってマスターは下がっていった。
「どう、感じの良い店でしょ?」
「え、ああ、うん、確かに。」
「日本酒に拘っているんだけど、マスターは必要最低限のお酒の説明だけしかしないの。
でも、それ以上知りたければ質問すれば答えてくれるわ。」
「そう・・なんだ。」
「まず、呑もう。」
「うん、そうだね。」
グラスにお酒を注ぐ。
口にグラスを持って行くと、ふくよかな麹の香りがした。
一口、口に含む。
翼は目を見開いた。
「美味しい・・・。」
「でしょ?」
ユリはそう言うと、この店に来て初めて翼に微笑んだ。
翼はまた口をつけ、グイと開ける。
喉越しもよい。
「ここのお酒、よいお酒だからひどい二日酔いにならないわよ?
安心して呑んでいいから。」
「そ、そう?」
「うん、十四代という有名なお酒もあるからね。後で呑もう?」
「ああ、そうする。」
暫く二人は無言で、ゆっくりとお酒を飲んだ。