退治屋としての舞台へ 独り立ち記念日
翼とユリは山の比較的平らな場所を見つけテントを張り、たき火をするため薪を集める。
夏とはいえ長時間山奥の河原で風にあたり体が冷えたためだ。
そして、たき火は男のロマンだと言って、翼は薪に火をつけようとした。
だがやったことの無い者が薪に火をつけようとしてもうまくいくわけがない。
結局はユリが火をつけたのである。
翼がなんとも言えない顔をしたのはいうまでもない。
得てして男は女性の前では格好をつけようとして、失敗するものである。
めげるな翼! そう応援したくなる。
たき火の炎はやがて大きくなり安定した。
それを確認し、ユリは翼の隣に腰を下ろした。
翼とユリはユラユラと揺らめく炎と、たまに爆ぜる音を聞きながら暖を取る。
体を優しくたき火が温める。
ホッとしたユリが、何気なく翼の横顔を見つめ顔色を変えた。
「どうしたの翼くん!」
「え?」
「脂汗をかいているじゃない!」
「あ、ああ、ちょっと・・ね。」
ユリは慌ててポケットからハンカチを出して、翼の汗を拭く。
たき火を熾すまで、翼の顔は星明かりのもとで見ただけだったのだ。
そのためユリは、翼の異常に気がつかないでいた。
物の怪退治後からたき火を熾すまでヘッド・ライトを使用していたが、翼の顔を見るために使用はしていない。
暗闇の中、物の怪退治後の翼の大丈夫だという言葉を信じてしまっていたのである。
「怪我をしていたのね! どこ!」
「いや、大丈夫だよ。」
「大丈夫に見えないけど?」
「いや、ちょっとイノボウに蹴られてさ、すこし吹っ飛んだだけだよ。」
「え!」
「あ、でも大丈夫、呪いはもらっていないから。」
「バカじゃない!」
「へ?」
「物の怪退治で呪いさえ受けなければいいなんて、バカも休み休みいいなさい!
蹴られて吹っ飛んだら、普通は怪我をするでしょ!」
「ま、まぁ、それはそうだけど・・。」
「で、どこを蹴られたの?」
「腹を二回ほど・・。」
「二回も吹っ飛ばされたの!?
はぁ、呆れた。大丈夫なわけないじゃない!」
ユリは翼の腹部に触れる。
「痛い?」
「少しだけね、でも、大したことはない。」
ユリは念のため翼の肋骨に触る。
「痛い!」
そう言って翼はユリの手から逃れる。
「ねぇ翼くん・・・。
物の怪退治の最中は興奮と緊張で痛みを感じないものよ?
特に体に霊波をまとって、呪いを受けないようにしている時はね。
でも、その興奮が収まってくると痛みを感じるの。
今がその状態よ。」
「・・そうかな? うん、確かにそうかも。」
翼の顔に汗が滲む。
「どうやら骨折はしていないけど、肋骨にヒビが入っているみたいね。」
「え?!」
「ちょっと上着を脱いで?」
「え?」
「恥ずかしがっていないで、脱いで。」
「あ、ああ・・。」
翼は痛みを堪えて上着を脱いだ。
「ああ、やはり・・。」
そう言うとユリはテントに戻りリックサックを持ってきた。
そしてリックの中から湿布と包帯を取り出す。
湿布を患部に当て、包帯でそれが落ちないように軽く胸に巻く。
「本当はすぐに病院に行くべきだけど、夜が明けてからにしましょう。
夜道は危険だからね。
それとこれは痛み止め。
飲んで。」
翼はそれを受け取ると、水で流し込んだ。
「呼吸が楽な姿勢で、胸が痛まない体勢で休んで・・。」
翼は頷くと自分のテントに戻る。
一人用のテントなので、思うような体勢は取れないが、それでもなんとか楽な体勢にする。
テントの入り口からユリが心配そうに見ていた。
翼は目を閉じる。
痛いがそんなそぶりをユリに見せて心配させたくない。
ユリは翼が横になったのを暫く見守り、そのまま翼のテントの前で膝を抱える。
心配でそこから動けなかったのだ。
やがて翼は痛いながらもまどろんだようだ。
さすがにイノボウとの戦いは体力と精神力ともに消耗していたようだ。
翌日、ユリは翼に起こされた。
日は昇っており、小鳥が囀っている。
ユリは目を軽くこすりながら、翼に挨拶をする。
「おはよう・・。」
「おはよう。 自分のテントで寝なかったんだね?」
「ううん、寝てたよ。」
ユリは翼を心配させないよう嘘を言う。
翼はなんとも言えない顔をし、そしてユリに頭を下げた。
「ありがとう、ユリさん。」
そんな翼のお礼に、何か言おうとしてユリは翼の顔の異変に気がついた。
「どうしたの! 頬がふくれているわよ!」
「ああ、これ?・・、どうやら口の中を切っていたみたいでさ・・。
そういえば、イノボウに蹴られた後、血の味がしたんだよね。」
ユリがそっと顔を触ると、翼は顔をしかめた。
「あ、痛かった?! ごめんなさい!」
「ああ、別にいいよ。」
「食事・・、できそう?」
「うん、お腹は空いている。」
ユリは翼のリックと、自分のリックのなかから、翼が食べられそうなものを探す。
そして見つけたのはレトルト食品の、梅のお粥であった。
「これなら食べられる?」
「うん、お粥なら大丈夫。」
だが、実際はそうではなかったのである。
梅が口の中の傷にいいように働いてくれたのである。
言うまでも無いが、翼は悲鳴を上げることとなった。
その後ユリに補助をしてもらいながら二人は下山し、麓の診療所のお世話になったのである。
診断は、肋骨にヒビが入っているとのことだった。
診療所にはレントゲンなどの設備がなく、一応、他の病院での検査を勧められた。
医師から怪我の原因を聞かれ、物の怪の退治をしていましたとも言えず、トレッキングをして足を滑らせた事にしたのは言うまでもない。
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医師の言葉にしたがい、市街地の病院に行きレントゲン検査を受けた。
その時、連絡を受けたユリの両親も駆けつけ付き添ってくれたのである。
レントゲンの結果、やはり肋骨にヒビが入っており、他には異常はなかった。
診断が終わると病院を出る前に翼はユリの両親へ物の怪退治の報告を行った。
物の怪がイノボウであること、そしてイノボウは翼を菅平の件で探していたこと、そして翼一人で退治した事を。
ユリの両親は翼を家まで送ると、ユリを連れて自分の家へと戻って行った。
翼が自宅に戻り数日後のことである。
ユリの両親が、ユリとともに訪れたのである。
用件は退治師として認めるというものであった。
そしてその事は、関連各所、と言っても、物の怪に対応している神社の組織であるが・・。
その組織に退治師として登録したと言われた。
今後、退治師として日本全国から依頼が来るだろうと言われ、翼は真っ青になった。
これから一人で物の怪退治をするということに・・。
だがユリの両親から、ユリと二人で行動するように言われ翼はホッとすると同時に赤くなる。
そう二人で、という言葉に。
つまり日本全国、二人だけの嬉し恥ずかしの旅行・・、いや、物の怪退治をするのである。
それを考えて赤くなったのであった。
ユリの父・公一郎は、本来ならあと2,3回物の怪退治を経験させてから退治師として認めようとしていたようだ。
それが、普通のイノボウでさえ厄介な物の怪なのに、さらに進化したイノボウを一人で倒したのである。
実力を認めざると得なかったようだ。
公一郎はあとは自分で精進をして退治師として勤めるようにと、翼に言い渡したのである。
ユリの母、喜美が続いて翼に声をかけた。
翼にユリと組んで物の怪に退治するようにお願いしますと頭を下げた。
翼はそれに驚き、それは自分がユリに本来お願いする事だとアタフタしながら対応をする。
そんな翼の対応に喜美はニッコリと笑った。
そして実家から引き継いでいる退治屋の資料と、先祖の日記を翼に進呈したのである。
翼はそれを有り難く受け取った。
ユリは両親と翼の様子を始終、ニコニコして見ていたのであった。
ユリとしても翼と二人で組んで、という両親公認の言葉が嬉しかったようだ。
だが、公一郎はユリの幸せそうな様子を見て、少し拗ねた。
そして翼に苦言する。
「いいかね、翼くん。結婚するまでは清く正しく交際をしたまえ。
ユリが君と結婚するとは限らないのだからね!!」
その言葉に喜美が公一郎を一喝した。
「貴方! いい加減になさいませ!」
「え?! あ、いや・・、だけどね、父親としてはだね・・。」
「お黙りなさい。」
「・・・はぃ。」
公一郎はションボリとして、大人しくなった。
相変わらず妻の尻にしかれている公一郎である。
家庭の平穏とは、妻の力により保たれるという日本社会の良い見本であった。
喜美は改めて翼にお願いをする。
「翼くん、公一郎さんの言うことは気にしなくていいのよ?」
「え?」
「ユリと結婚するなら、好きなようにしていいからね?」
「喜美! それはダメだ!」
「貴方は黙っていなさい!」
「・・・はぃ・・。」
喜美の言葉を聞いて、ユリは真っ赤になる。
そんなユリに、喜美は宣言をする。
「ユリ、そういうことだから、仲良くしなさいね。」
「・・・はぃ。」
ユリは恥ずかしそうに、そして嬉しそうに返事をした。
翼はといえば、この会話に謎の行動をしていた。
両手を前に出してバタバタさせ、アタフタとしていたのである。
公一郎はというと、翼に娘には手を出すなよ、という意味をこめて翼を睨んでいた。
これが翼にとって、退治屋として認められ独り立ちする記念日での出来事であった。
一応、これで完結です。
気が向けば、続編を書くかも知れません。
お付き合いありがとうございました。
私の小説を見て下さった方、ありがとうございました。
当初、タイトルも仮名で投稿するかも決めていない小説でした。
それが間違って投稿してしまい、どうしようかと思いながら、まぁいいか、と開きなおりました。
アジの開きは好きですが、やってしまった事で開きなおるのはよくありませんよね?・・・。
この小説を書き続けられたのは、載せたその日に見て下さる方がいて下さったおかげです。
本当にありがとうございました。




