退治屋としての舞台へ その7
イノボウの目が、不気味に赤色に光る。
そして呼気が今までと違い、何か黒いものを吐き出し始めた。
「ふざけた人間だ。遊びはこれまでだ。」
「え? 嘘でしょ? 遊びだったなんてさ。」
「新しい体に慣れるまで、お前と遊んでやると言っただろう?」
「いや、遊びでなんて言ってないけど?」
「ふん、些細な事にこだわるな人間は。
まあいい、お前を見くびっていた。
だから遊びは終わりだ。」
「見くびっていたということは、実力を認めたということかな?」
「そうだ。」
「ならさぁ、お手柔らかに頼めないかなぁ?」
「ふざけているのか人間。」
「はぁ~、やっぱダメか・・。」
「俺は、お前を殺す。そのために此処にいる。」
「そうなんだ? それより他にやることがあるんじゃない?」
「無い。」
「あ、そう・・・。」
翼はそう言って腕を組んだ。
そして手を顎に当て考える。
「あのさぁ・・。」
「何だ?」
「人間を襲わないという選択肢は無いかな?」
「なぜ人間を襲ってはいけない。人間だから襲うだけだ。」
「だから、人間を襲うことはないんじゃない?」
「俺に人間を襲わない理由などない。」
「じゃあ、襲う理由は何?」
「理由は殺すことだ。」
「それって理由じゃないでしょ?」
「理由だ。」
「・・・あっ、そう・・。」
翼は組んだ腕をほどき、自然体となる。
イノボウも、前足を地面につき四つ足の体制となった。
「じゃあ、始めようか。」
翼の言葉を合図に、イノボウは翼に突進する。
突進してくるイノボーの鼻先の位置に、翼は手をかざす。
イノボウは鼻先が翼の手に触れる直前、突然ジャンプをすると同時に頭を押し上げた。
イノボウの長い牙が翼の胸に吸い込まれていく。
翼は上体を右に開き、イノボウを避けた。
イノボウは翼が進路から外れたため、慌てて首を曲げ牙を翼の胸に何とか刺そうとする。
翼はというと、目の前を通り過ぎていくイノボウの牙を、左手で殴りつけた。
牙に接触した瞬間、今まで以上に眩く輝いた。
翼はその瞬間、イノボウを退治できたと思った。
だがそうではなかった。
ただ殴られた方向にイノボウの首が衝撃で回転をする。
そしてそれに追随してイノボウの体も遅れて回転をし始めた。
回転によりイノボウの後ろ足が翼の体に近づいた瞬間、イノボウは体をひねる。
それと同時に後ろ足で翼を蹴った。
それが翼の腹部へのクリーンヒットとなる。
蹴りが当たった瞬間、翼の体全体が光る。
それと同時に、翼の体はイノボウに蹴られた方向に飛んでゆく。
くの字となった体は宙に浮き数メートル先で地面に落ちる。
そして、目まぐるしくゴロゴロと転がり、やがて止まる。
ガハッ!
翼はうめき声を上げ、口から血を吐き出した。
イノボウは翼を蹴った反動で、反対方向にすこし飛ばされ地面に落下する。
グフッ! と呻き、黒い霞を口から吐き出した。
翼に殴られた事で、何処かを痛めたようだ。
翼は苦痛に悶えて、その場に蹲まり立ち上がれない。
そんな翼を尻目にイノボウはふらつきながらも立ち上がった。
イノボウはふらつきながらも、ゆっくりと翼に近づいて行く。
イノボウが1mくらい近づいたところで、翼はそれに気が付いた。
ゴロゴロと緩慢に転がり、イノボウとの距離をとる。
転がる翼をイノボウは蹴ろうとしたが、バランスを崩してその場で片膝をついた。
翼はふらつきながら立ち上がり、イノボウもよろめきながらも立ち上がった。
「ぐっ! 人間! 貴様! よくも我を殴りおったな!」
「それはこっちのセリフだ!
もう少し優しく蹴れないのか!
痛ってぇなぁ!」
互いに罵声を浴びせ睨み合う。
やがてどちらかともなく荒い呼吸を整え始めた。
互いに早く呼吸を整え優位に立とうとする。
先に動いたのはイノボウであった。
よろめいていたのがウソだったかのように、突進してきたのだ。
今度は四つ足にならず、立ったままの突進であった。
翼はそれを躱そうとしたが、体が直ぐに反応しない。
ダメージが予想より大きかったのだ。
だがイノボウと接触する直前、咄嗟に翼は体を左に開き、イノボウを躱す。
するとイノボウはそのまま翼の横を通り過ぎていく。
どうやらイノボウは殴られたダメージがまだ回復しておらず、急激に首を振ることができないようだ。
横を通り過ぎるイノボウに翼は両掌を突き出した。
イノボウはそれを前転してかわす。
そして数メートル先で敏捷に立ち上がり、踵を返すとともに再び翼に突進した。
翼は避け切れず、イノボウの鼻ずらで腹部を突かれ宙を舞う。
そして数メートル先に転げ落ちた。
イノボウとの接触直後、翼の腹部に光が宿ったのをイノボウは見逃さなかった。
「ちっ! 呪いを避けやがって!」
イノボウは忌々し気に、転がっていく翼を睨んだ。
 




