翼の決意・・
ユリが物の怪を取り逃がしたということに驚く両親を見て、翼は首を傾げた。
やがて翼は驚いたのではなく、取り逃がしたことを問題にしているではなかろうかと考えた。
翼はあわてて、物の怪を取り逃がした責任が自分にある事を話す。
「す、すみませんでした!
あの物の怪を取り逃がした責任は僕にあります。
物の怪が逃げたのは、ユリさんが驚いて隙ができたからであって・・。
それというのも、僕が物の怪の犬を蹴飛ばしてユリさんを驚かせたからです。
もし僕が余計な事をしなければ、ユリさんは物の怪を逃がすことなく退治できたはずです。
申し訳ありません!」
そういって翼は頭を下げた。
するとユリの両親、そしてユリまでもが、ため息を吐いた。
「え?」
翼はなぜ三人が同時にため息を吐いたのか分からなかった。
それに気がついた公一郎は、翼に驚いている理由を話し始めた。
「違うんだ、翼くん・・。」
「えっと・・、何が違うんですか?」
「いいかい? 物の怪を逃がすことなんて珍しいことではないんだ。
あのモノ達は本能で生きている。
だから危ないと思ったら即座に逃げ出すんだ。
だから退治しようとして、逃げられたとしてもしかたがない。
確かにその後、物の怪が人を襲う可能性はある。
それは仕方のない事だ。」
「そ、そうなんですか?・・。
あ! でも逃がしたら次から逃げ回って捕まらないのでは?」
「物の怪というのはね、ある意味楽天家なんだよ。
今度は勝てるかも知れないと思い逃げないから問題ない。」
「はぁ・・、では・・?」
「問題なのは、翼くん、物の怪が君を認識して逃げたという事だ。」
「え? だって僕はもうカッパ達に既に認識されていますよ?」
「そうじゃない、君を退治屋だと物の怪が認識してしまったという事だ。」
「?」
「逃げた物の怪は仲間にこのことを話し、物の怪に情報が共有されてしまう。
それの意味するところ、わからないかね?」
「あの・・分かるかどうかという前にですね、僕は退治屋じゃないですよ?」
「わかっていないね・・君は。
いいかね、君は今日、物の怪に霊波を放っただろう?」
「霊波って、もしかして僕が物の怪を蹴ったときの、あの閃光ですか?」
「そうだ。」
「あれが霊波だというなら、そうなのかもしれませんが・・。」
「いいかい、霊波は退治屋が使う物だ。つまり、退治屋しか霊波を出せないんだよ。」
「え? 偶然に霊波が出せただけの僕が、退治屋だと認識されるんですか?」
「そうだ、今日から君は物の怪たちに退治屋として認識される。」
「はぁ・・。でも、それって誤解ですよね、退治屋に認定なんて。
誤解ならそのうちとけるでしょう?」
その説明にユリが呆れて声をあげた。
「何を暢気な事を言っているのよ!」
「え? だって僕は退治屋じゃないし、誤解ならとけるものでしょ?」
「あのねぇ、霊波は物の怪にとっては、人が拳銃をもっているようなものなの。
誰だって拳銃でなんか狙われたくないでしょ!
物の怪にとって翼くん、あなたは危険きわまりない人間だと物の怪が認識してしまったの。
この意味、わかる?」
「え? だって僕、霊波なんて出せないよ?
今日はなぜか出たけど、また出せといわれても無理。
出し方なんてわからないよ?」
「物の怪からしたら、そんな事はどうでもいいことなの。
彼らからしたら、どうあれ翼くんは危険なの。
偶然だろうがなんだろうが、霊波が出せるのは事実なんだから。
物の怪にとって危険な人間は、消したくなると思わない?」
「なるほど・・、そうか、そういうことかぁ、うん、納得。」
「何を暢気に納得してんのよ! これから翼くん、命を狙われるわよ!」
「そうだね。」
「そうだねって・・、翼くん、あなたねぇ・」
ユリの言葉を遮り、黙っていた公一郎が口を開いた。
「翼くん、覚悟したんだね?」
「はい。」
「え?」
ユリは訳がわからず、困惑の声をあげる。
「ユリ、翼くんは退治屋になると決めたんだ。」
「な、何をいっているの! 翼くん!」
「ユリさん、僕はもう物の怪に退治屋だと認識されちゃったんでしょ?」
「え? ええ、まぁ、そうだけど・」
「だったら退治屋になって身を守るしかないんじゃない?」
「そんなこと無い! 私が命にかえても守る!」
「それじゃ、僕はユリさんの足手まといにしかならない。
ユリさんはそれが嫌だと僕に言ったよね?」
「そ、それは!」
「それにユリさん、僕が足手まといとなって君に何かあったら、僕はどうすればいい?
僕の気持ちを考えてみて?」
「!・・・・。」
ユリが何も言えず、唇を噛みしめた。
公一郎は、ユリに声をかける。
「ユリの負けだね・・。
物の怪に認識された今、退治屋になるのが一番だ。」
「でも! 翼くんは優し過ぎる!」
「そうだね、確かにその通りだ。」
「だから、私が盾になれば!・」
「いいかいユリ、お前より翼くんの方が退治屋としての力は上だ。
仏具も無しに、蹴りだけで物の怪を退治したのだからね。」
「でも、それは小さい物の怪だからよ! 退治屋なんて危なすぎる!」
「ユリ、冷静になりなさい、物の怪が大きかろうが、小さかろうが同じことだ。」
「う!・・。」
「それにユリを助けたいと思う気持ち、そしてそのためには自分も倒れてはいけないという気概があれば、退治屋として十分にやっていける。
何よりお前と翼くんは相性もよい。
よい退治屋になるだろう。
そう思わんか?」
「そうよ、ユリ、私もそう思うわ。」
「お母様まで・・・。」
「ユリさん、僕を信用してくれないかな?
僕はユリさんの力になりたい。
そして約束する。
君を悲しませないと。
君を守るためなら、僕は冷静で非情になれる。
まあ、それには実践と修行が必要だとは思うけど・・。
でも、君が協力してくれるなら、なれる。
いや、なってみせる。
協力してくれるよね?」
「ばか・・・、そう言われたら、うん、と、言うしかないじゃない・・。」
「え?」
「ふふふふふふ、ユリは素直じゃないんだから。」
「お母様!」
「はぁ・・、父親の前で惚気るでない、ユリ・・。」
「の、惚気てなんかいません!」
「え? 惚気ていたの?」
翼が驚いた顔をし、素っ頓狂な声を上げた。
そんな翼に喜美が微笑んで答える。
「そうよ、ユリは翼くんにぞっこんよ?」
「え? だ、だって、僕はユリさんから足手まといと言われた男ですよ?」
「ばか・・。」
「え? バカって・・。」
「もう、翼くんのドンカン、ばか、あほ! ああああ、もう!」
「ユリ、だから父親である儂の前で惚気るでない。 翼くんを殴りたくなる。」
「え!! 僕、殴られるんですか!」
「ああ、そうだ、一発殴らせろ!」
「やです! 暴力はいけません! 断固反対します!」
「はぁ~・・・。 あなた、いい加減になさい!!」
「す、すまん、喜美、つい本音が出てしまったわい。」
「本気だったの、お父様・・。」
ユリはそう言って、ジト目で公一郎を見た。
公一郎はユリから目を逸らす。
翼はというと・・、背中に冷や汗をかいていた。
物の怪よりも、お父さんの方が怖いと思ったからである。




