両親への報告
車の中でユリはガタガタと震えていた。
「ユリさん大丈夫!?」
「ゴメンなさい・・、ゴメンなさい、ゴメンなさい・・。」
「え?」
ユリは顔を両手でおおったまま、なぜか翼に謝り続ける。
翼はいったん車を止めて、ユリを落ち着かせようか悩んだ。
だが、それよりユリを両親の元に早く送り届ける方がよいと考え直した。
「ともかくユリさん、おちついて、ね、落ち着こう?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・。」
ユリは只管謝罪の言葉を繰り返す。
翼は困り果て、黙り込んだ。
やがてユリの家についた。
だが、ユリは謝り続けており、車から降りようとしない。
ユリはパニック状態で家についたことに気がついていないのだ。
そればかりでなく、翼が家に着いたことを言っても聞こえていないのだ。
翼は車から降りて、ユリの家の玄関のインターフォンのボタンを押す。
暫くしてからインターフォンから声がした。
「はい、あら・・・翼くん?
ん? ユリはどうしたのかしら?」
出たのはユリの母、喜美だった。
モニターから翼だけが見えて、ユリがいない事に気がついたようだ。
「それが・・その・・、すみません、ちょっと来てもらえますか?」
「・・・え? ええ。」
喜美はそういうとインターフォンを切った。
そして玄関から喜美は出てきた。
「ユリに・・、何かあったの?」
「あ、いえ、怪我とか、物の怪に呪いをかけられたとかではありません。」
「よかった・・・。じゃあ、ユリは今どこに?」
「車に居ます。」
「え?」
喜美は一瞬、翼の言っている意味がわからなかったようだ。
やがて翼の言った事を理解したのか、喜美はユリの車が止めてある場所へと走り出す。
翼はそれを追った。
喜美は助手席で両手で顔を覆い、泣いているユリを見るやいなや、助手席のドアを開けた。
「ユリ!! どうしたの!」
その声にユリは、ゆっくりと顔から手を離した。
そして喜美をみると、顔をゆるやかに左右にふる。
まるでイヤイヤをするかのように。
「ユリ?!」
「どうしよう・・お母様・・、わ、私、とんでもない事を・・。」
そう言ってユリは車から飛び出て、喜美に抱きついた。
そして大声で泣き始める。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ! どうしよう! どうしたらいい、お母様!!」
「ゆ、ユリ! お、落ち着いて!」
翼はどうしていいかわからず、喜美の後ろでただ佇んでいた。
すると、翼の後ろから声がかかる。
「翼くん、いったいユリはどうしたんだ?」
ユリの父、公一郎が翼に声をかけてきた。
「それが・・、僕にもよくわからないのです。」
「?」
「保科温泉に桜を見に行ったのですが、途中で物の怪の気配にユリさんが感づいたんです。」
「なんだと?」
「それで・・。」
「いや、話しは家の中で聞こう。」
「はい。」
「喜美、ユリを連れて応接室に。」
「はい。」
「ユリも泣いていないで、説明をしなさい。」
「お、お父様、どうしよう、どうしたらいい・・私、どうしたら・・。」
「しっかりしろ!! バカ者!」
その声にユリはビクリとした。
そして、顔からゆっくりと手を離した。
公一郎の一喝で正気に戻ったようだ。
「さあ、翼くん、家の中へ。」
「はい。」
こうして全員が応接室へと移動したのである。
応接室で公一郎と喜美が並び、向かいにユリと翼が座った。
ユリは泣きはらした赤い目をしていたが、だいぶ落ち着いたようだ。
だがまだ嗚咽が完全にとまらないため、翼が口を開いた。
「説明はまず僕からしますね。
おちついたらユリさん、お願いします。」
「・・・は、はぃ・・・。」
公一郎と、喜美は頷いて、話しをするよう目で合図する。
「保科温泉に今日、夜桜を見に二人でいきました。
そして夜桜を5分ほど見たあと、帰ろうとしたのですが・・。
そのときユリさんが、危ない物の怪の気の気配を感じたようです。」
「危ない物の怪・・。」
公一郎がそう言うと、翼は頷いた。
「そして菅平方向に向かい、ユリさんは物の怪の気配がする当たりで車をとめたんです。
そして降りて物の怪のいると思われる位置に歩きました。
僕には車に居るよう釘をさして。」
「うむ、それなら問題はないはずだが?
翼くんは車から出なかったのだね。」
「ええ、その時は。」
「?」
「物の怪がいるあたりで、ユリさんは物の怪に姿を現すように言ったんです。
すると道路脇から物の怪が道路に出ました。
ユリさんはそれと対峙したんです。
それからしばらくすると、ユリさんの後ろに、なにか犬のようなモノが音も立てずに道路に出てきたんです。」
「何?! もう一つ物の怪がいたというのか?」
「え? ええ・・、私にはそれが物の怪がどうかはわからないのですが・・。」
「そうか・・。まぁ、動物を使役する物の怪もおるからのう・・。」
「ただ、ユリさんは後ろから出てきた犬みたいなものに気がついていないみたいでした。
そして、それはゆっくりとユリさんに近づいていったんです。
ユリさんに悟られないように。」
「それで?」
「僕はユリさんが襲われると思った瞬間、もう車から降りて走っていました。
そして、その犬を蹴飛ばしたんです。」
「なんだと!! なんて無謀な事を!
それがもし物の怪だったら呪いを受けおるところだぞ、バカ者!!」
「あ!・・、す、すみません。」
「まあ、よい。じゃが、それだけだと何故、ユリがこんなに取り乱したかわからん。」
公一郎のその言葉に、だいぶ落ち着いたユリが口を開いた。
「私が説明します。」
「うむ。」
「翼くんが、蹴ったのは物の怪です。」
「何! それは本当か!」
「はい。」
「!」
公一郎と、喜美は驚いて目を見開いた。
「物の怪を蹴飛ばした、だと?」
「はい。」
「そ、そうか・・、と、ともかく祟りを受けず何よりだ。」
「それだけじゃないんです。」
「?」
「翼くんが蹴った瞬間、霊波が出され物の怪を浄化してしまったんです。」
「なんじゃと!!!」
「つ、翼くん、それ本当なの?」
公一郎も、喜美もさらに驚いて目を見開き、翼に聞く。
「え? 霊波って・・、え?」
「翼くん、物の怪を蹴飛ばしたとき、閃光が出たでしょ?」
「そうだっけ? ユリさんを助けようと必死だったからな~。
そういえば出たような気もするけど・・。
それより、あれ、物の怪だったんだね。
ごめん、ユリさん、勝手に物の怪を相手にしてしまって。」
「いえ、翼くんのおかげで私は助かったわ。
おそらく翼くんが、物の怪を蹴飛ばさなかったら、私は殺されていた。」
「え!」
「それでね、お父様、お母様、その後が問題なの。
翼くんの霊波を見た私は驚いてしまい対面していた物の怪を一瞬忘れたの。」
「まぁ、それは無理もない事だ。
なにも修行もしておらず、やり方もわからない翼くんが霊波を繰り出したのだからな。」
「そうじゃない! 私が驚いたすきに物の怪が逃げてしまったの!」
「なんじゃと?!」
「なんですって!」
公一郎と、喜美はユリの言葉を聞き、開いていた目をさらに見開いた。
翼はいったいなんでそんなに二人は驚いているのかわからず、二人の顔を交互にみていた。




