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異次元邂逅  作者: ずくなし
29/42

ユリの感知

 保科(ほしな)温泉の坂道を降りT字路に突き当たったユリの車が、長野市方向にウィンカーを出した時だった。


 「()る!」


 ユリはそう(つぶや)いた。


 「え?」

 「ごめん、ちょっと物の怪退治につきあって!」

 「え? あ、うん・・。」


 そう言ってユリは車を行こうとしていた方向と逆の菅平方向に走りだした。


 「危険な物の怪の気配がするの。

このまま放置するのは危険だわ。

本当は翼くんを降ろしてから行きたいんだけど、一人にして物の怪に襲われる可能性もあるわ。

かといって翼くんを安全な場所に降ろしてから向かえば、その間に物の怪がどこかに行ってしまう。

だから、ごめん、一緒に来てもらうわね。」


 「わかった。」

 「でも! 絶対に車から出ないで!」

 「え?」


 「この気配、この前、翼くんと出会った物の怪なんて比べものにならない。

いい? 車から翼くんが降りたら私はあなたを守りながら物の怪と戦わなければならない。

足手まといよ。

絶対に出ないで!」


 「分かった・・。」


 ユリの顔は緊張で(こわ)ばっていた。

この緊張感からすると、かなり手強い物の怪なのだろうと、翼は思った。


 暫く走るとやがて道が少し広くなった場所に出た。

どうやら冬期間閉鎖するためのバーを置く場所のようだ。

ユリはそこに車を止めた。


 「翼くん、この車には結界が張ってあるの。

車の中は安全よ。

だから絶対にここから出ないで。

それと、これ、念のために持っていて。」


 そう言ってユリは翼に形代(かたしろ)を渡した。

紙を人型にしたものだ。

確かこれを物の怪に投げると、この形代を翼だと思って翼ではなくこの形代に襲いかかると聞かされていた。

つまり物の怪が形代に取りついているうちに、翼に逃げろという事だ。


 ユリはヘッドライトをアップにして、道路を照らす。

そして、もし自分に何かあれば翼一人で車で逃げるようにと言って車から出た。


 ヘッドライトで照らされた中を、ユリは手に何かを持って慎重にゆっくりと歩き始めた。


 この道路は冬場は通行止めになる道路で、最近通行止めが解除されたばかりである。

そのような道であるため、車がこの時間に通ることは滅多に無い。

そしてこの道に街灯は無い。


 夜道を照らすものがあるとすれば、それは月か星の明かりであろう。

だが、月は新月から抜け出たばかりの細い三日月で曇り空である。

頼りの星々はというと、雲間から見えてはすぐに雲隠れしてしまう。


 つまり漆黒(しっこく)の闇に近い。

頼りになるのは車のヘッドライトのみである。


 そんな中をユリは怖れることなく、ゆっくりと歩いていく。


 「出て来なさい。」


 そう言ってユリは立ち止まった。

車から20mほど離れた地点だ。


 すると道路脇のクマザサがガサリと音を立て、暗闇から突然物の怪が現れた。

その姿は・・(しだ)れ桜・・・。

いや、細く長く、折れ曲がったような胴体で、頭が異常に細長い物の怪であった。

髪がしだれ桜のように頭から伸び、そして地面に垂れ下がっている。

その髪のようなモノが、風も無いのに不気味にゆらりとうごめく。


 「た・い・じ・し・・・・か?」

 「そうよ、観念なさい。」

 「ふっ、か・ん・ね・ん? そ・れ・は・お・ま・え・だ・・・。」


 物の怪は地面から響くかのようなおぞましく低い声で、そうユリに話しかける。

その時であった。

ユリの(うし)ろに、音も立てず何か犬のようなモノが道路に出てきた。

そして、ユリにゆっくりと近づいていく。


 ユリはそれに気がつかない。

目の前の物の怪に注意が向いていて、後ろまで気が回らないようだ。


 このままでは不味い!


 そう思った翼は、体が勝手(かって)に動いていた。

車のドアをあけると同時に、ユリの後ろから近づきつつある犬のようなモノに向かって全力で走る。


 「な・ん・だ・・・・あ・い・つ・は?」

 「え?!」


 ユリは後ろを振り返った。

そして、いつの間にか後ろにいた物の怪に驚愕するとともに、車から飛び出し自分の方に駆けてくる翼が目に入った。


 翼はユリの後ろにいる物の怪に近づくやいなや、足で蹴飛(けと)ばした。

それを見てユリは叫んだ。


 「だめ!! (たたら)られる!」


 「ギャン!!」


 物の怪は悲鳴のような声を上げ、それと同時に翼の足からものすごい閃光(せんこう)がほとばしる。

蹴飛ばされ宙に浮いた物の怪は、光の粒となって弾け飛んで消え去った。

それと同時に閃光もスッと消える。


 ユリはその光景に目を見開き、フリーズした。

だが、すぐにハッとして顔を正面に向ける。


 目の前に居たはずの物の怪は、そこにはいなかった。


 「しまった!!」


 ユリはそう叫び、しばし呆然とした。

そして、へなへなとその場所に(ひざ)を折って(くず)れ落ちた。


 「ゆ、ユリさん! 大丈夫!!」


 翼はユリに駆け寄り、後ろから肩を(つか)む。

ユリは(ほう)けた顔をし、翼の方へ振り向いた。

そして目に涙をため、オロオロと翼に言う。


 「どうしよう・・・。」

 「え?」


 「どうしたらいいの、私!

あ、あの物の怪を逃がしてしまった!

ど、どうしよう!」


 そういうとユリは顔を両手で押さえ、泣き叫んだ。


 翼はユリの様子に困惑した。

ユリがこんなにも取り乱している理由がわからない。

物の怪を逃がしたとはいえ、これほど動揺するものなのだろうか?

何か引っかかるものを感じた。


 だが・・、取り逃がした事以外にユリが動揺する理由が思い当たらない。

そう考え、何故、物の怪を取り逃がしたのか、翼は今起きたことを思い出そうとした。


 そもそも物の怪を取り逃がしたのは、ユリに隙が生まれたからだ。

それは自分が勝手に車から出て物の怪を蹴るという行為にユリが驚いたからである。

つまり取り逃がした原因は自分にある。

そう帰結(きけつ)した翼である。


 翼はユリに謝罪をする。


 「ご、ごめん。

僕が余計なことをしたせいで、ユリは物の怪を取り逃がしてしまった。

本当にごめん・・・。」


 「ち、違うの!

翼くんは、私を助けてくれた!!

な、なのに私!

どうしよう!

どうしたらいいの!!」


 ユリは取り乱し、子供がイヤイヤをするように肩を揺らした。


 「ユリさん、落ち着いて・・。

ともかくユリさんの家へ帰ろう・・、ね?」


 そう言って翼はユリを立たせ、車へと歩かせた。

助手席にユリを乗せ、翼が運転をする。


 いままでは護衛ということで、ずっとユリに運転をしてもらっていた。

だが、この状況でユリに運転は無理だ。


 それに、さきほど逃した物の怪が隙を見てまた襲ってくる可能性もある。

動揺しているユリでは退治は難しい。

一刻も早くこの場所を離れた方がよいと、翼は判断したのだ。


 翼は車を反転させ、長野市街地方向に車を走らせた。


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