最初で最後の花見・・・
翼とユリはあれ以来、微妙な距離を保ちながら会社への通勤をしていた。
周りの同僚らは、そんな二人を見て不思議に思っていた。
いつも一緒に通勤や退社をしているのに、つきあい始めた頃のような雰囲気がないからだ。
恋人というより、ただ二人で会社に来て、会社が終わると帰るだけの関係・・。
そんな風にしか見えない。
翼の同僚、信二が昼休みに翼に話しかけてきた。
「なあ、翼、お前ら二人はいったいどうなってんだ?」
「どうなっているって・・、どういう意味だ?」
「恋人同士じゃないのか?」
「恋人・・、そうだね、まぁ、そうかもしれない。」
「なんだそれは? お前、あまりうやむやにするとまずいぞ?」
「?」
「あんな美人で気立てがよいユリさんだぞ?」
「・・・なるほど、それが言いたいのか・・。」
「ああ、隙あらばユリさんを恋人にしたいという輩は沢山いるんだ。」
「ユリさんなら、そいう連中はいるだろうな・・。」
「何を他人事みたいに言ってるんだ?分かっているなら・」
「なあ信二、おれはユリさんが好きだ。」
「それは見ていてわかるけどさ・・。」
「でも・・、幸せにする自信がない。」
「?」
「ユリさんは幸せにならなければいけないんだ!」
「え? あ、ああ・・。」
信二は怪訝な顔をした。
「だったら翼、お前が幸せにすればいいだけなんじゃないのか?」
「・・・俺では・・、力不足なんだ・・。」
「え?」
「・・・・。」
「おい、どういう意味だ。」
「理由は話せん・・。」
「・・・。」
翼のあまりに辛そうな顔を見て、信二は何も言えなくなった。
親友である翼から、無理に理由を聞き出す事もできず信二は押し黙るしかない。
一方、ユリは職場で親友とお弁当を並べていた。
「ねぇ、ユリ、翼くんとなにかあった?」
「え?!」
「ユリ、最初翼くんと付き合い初めたと思ったら、一緒に会社に来るようになったでしょ?」
「・・そう・・だけど?」
「あのとき、ユリ、本当に嬉しそうだったわよ?」
「そう?・・・。」
「それなのに最近は笑顔がないのはどうして?」
「・・・。」
「嫌いになったの?」
「そんなはずがあるわけないでしょ!!」
ダンと、机に両手を突いてユリは立ち上がった。
友人である真弓は、驚いて後ろにのけぞる。
「あ!・・、ご、ごめん・・。」
そう言ってユリは座り直す。
「ま、まぁ、嫌いになって別れたくてしかたがないというわけではないのね?」
「ええ・・、翼くんは好きよ・・。」
「そう・・。」
「?・・、真弓?」
「ユリ、あなたと翼くんがうまくいっていないんじゃ無いかと女性の間で飛び交っているの。」
「?」
「翼くん、結構、女性に人気があるのは知っているわよね。」
「うん・・・、真弓、それがどうしたの?」
「ユリとうまくいっていないなら私が、と言っている女子もいるの。」
「・・・・。」
「ユリ?」
「真弓、その女子に言ってもられる?」
「え?」
「翼くんが本当にすきなら、もう少し待ってと。」
「え! な、何をいっているのユリ!」
「私・・、私じゃ、だめなの・・。」
そう言ってユリは両手で顔をおおった。
真弓は泣き始めたユリに困惑した。
こんなユリは今までみたことがなかったからだ。
真弓はそっと立ちあがりユリに近づくと、背中をやさしくなでる。
「ねぇ、翼くんと何があったの?」
「・・・・。」
「話せないの?」
「う・・ん・・、ご、ごめん・・。」
ユリはそう言って、嗚咽する。
幸い職場にはユリと真弓しかいない。
真弓はため息をつくと、そっとユリを抱きしめた。
ユリは真弓にだきつき、声を上げて泣いた。
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会社の帰り、ユリの車の中で翼は流れる景色を無言で見ていた。
ユリは翼に話しかけた。
「お母様が、あと1週間くらいやれば物の怪についての教えは終わると言っていたわよ。」
「そう?・・、もう終わりなんだ。」
「そうよ、ほとんど教え終わって、もう大丈夫だろうと太鼓判を押していたわ。」
「ユリの荷物にならないよう僕なりに頑張った甲斐があったかな、ははははははは。」
翼は乾いた笑いをした。
「ええ、ありがとう。おかげで翼くんの会社とアパートへの護衛はお終いにできるわ。」
「・・・そうだね、あと一週間だけ我慢してユリさん。」
「・・ええ。」
そう言って二人は黙り込んだ。
しばらく車を走らせていたユリは、ポツンと翼に問いかけた。
「ちょっと、寄り道をしても・・いい?」
「え?・・。」
「何か予定でもある?」
「いや、無いけど。寄り道につきあうよ。」
「ありがとう。」
ユリは車の方向を変えた。
車は菅平方向に向かう。
菅平は高原の名前で、山の頂上にある高原だ。
観光地でもあり、大学のラグビーなどの合宿をする場所として有名な場所である。
菅平に行くには交通量の多い表の道と、通行量が少なく菅平高原の畑が広がっている場所に出る道とがある。
ユリは裏の道、つまり畑が広がる場所へと続く道に入った。
そして菅平へ行く道から逸れ、急な上り坂に入る。
「あれ? 菅平へ行くんじゃ無いの? どこに行くの?」
「桜を見ましょう。」
「え? 桜ならほぼ散っているけど、犀川沿いにあったんじゃない?」
「ううん、保科温泉の桜を見に行くの。
ここの桜はね標高があるせいかわからないけど、咲くのも散るのも遅いの。
だからまだ咲いているはず。」
「そうなんだ。」
「ええ、ちょっと見たくなったの。」
「そう・・、二人で見る最初で最後の・・桜か・・。」
「・・そうよ、二人で見る最後の桜ね。」
坂道はそんなに長くなく、すぐに保科温泉の入り口に辿り着いた。
保科温泉の駐車場を囲い込むかのように桜並木があった。
ユリの車は保科温泉の敷地に入る
桜がユリの車が来た事を喜ぶかのように、ヒラヒラと花びらを舞い散らせる。
その中をユリの車はゆっくりと進む。
「綺麗ね・・。」
「うん、綺麗だ。」
翼は桜を見る振りを装い、ユリを見てそう囁いた。
そして、
桜より君の方が綺麗だ・・、そう、心の中で呟く。
温泉に入りに来る人の邪魔にならない場所に、ユリは車を止めた。
ユリは車を降りず、車の窓越しに桜をボンヤリと眺める。
「降りないの?」
「ええ、これで十分。」
二人は5分ほど、雪洞で照らされた夜桜を無言で見つめた。
サクラの花びらが、ほの暗い照明のなかでヒラヒラと途切れることなく舞い落ちていく。
幻想的で美しい景色だった。
ユリはため息を一つ吐く。
「つきあってくれて有り難う、帰りましょ。」
「うん・・。」
ユリはエンジンをかけ、車を運転しはじめた。
 




