ユリの母 その2
喜美は目を瞑り、深呼吸を一度した。
そして目をゆっくりと開き、話し始めた。
「私の両親は物の怪に殺されたわ。」
「え!?」
「その頃、私のお腹にはユリがいたの。」
「!・・・。」
「私の両親はユリが産まれるのが待ち遠しくて、この家に遊びに来ていたの。
そして夕暮れに両親は家に帰ろうとして、玄関から出たときだったわ。
両親を付け狙っていた物の怪が突然現れたの。
狡猾な物の怪だったわ。
いつの間にか、自分の気配を消す術を身につけていたのね。
そしてその物の怪は両親を襲うのでなく、私を狙ってきたの。」
「え?!」
「私を人質にすることで、両親の動きを封じて始末しようと考えたみたいね。
物の怪にもね、このように頭が回る奴がいるの。
そして物の怪の狙い通りに、私は捕まってしまったわ。」
「!」
「でもね、私はそれなりに霊能力があり、退治屋としての訓練は受けていたの。
ただ、私は実際に物の怪を退治したことがなかった。
そのため物の怪の間では、私が退治屋だという認識はなかったと思う。
だから物の怪は私を見くびっていたわ。」
「・・・・。」
「人質となった私は、お腹にユリがいたから焦っていたのでしょうね。
そのため無謀にも両親が私を助け出そうとする前に、物の怪を退治しようとしたの。
物の怪の隙を見て、私は霊力を放ったわ。
でも、物の怪の本能でしょうね・・。
物の怪は素早く私から離れて、私の放った霊力から逃れたわ。」
「それなら人質がいなくなってご両親は有利になったのですね?」
「いいえ、そうではなかった。
私も退治屋だという事に気がついてしまった物の怪は、私を先に始末する事にしたの。
両親より近くにいた私を標的にするのは自然な事よね。
物の怪が私に呪いをかけようと飛びかかってきた時だった。
母が私を庇うため、物の怪と私の間に飛び込んできたの。
父もその時、物の怪に飛びかかろうとした。
だが一瞬、母が物の怪から呪いを受けるのが早かったの。
それを見た父は、母の方に意識が向いてしまった。
父は冷静さを失ったのよ。
物の怪は、その瞬間を見逃さなかった。
父は首を食いちぎられたわ。
でも食いちぎられる直前に、物の怪に一矢報いたわ。
つまり、相打ち・・。」
「そ、そんな・・・、では、両親は・・。」
「その場で命を落としたわ。」
「・・・。」
「そして私は霊力を失った。」
「え!」
「両親を目の前で殺された精神的なショックが、霊力を奪ったの。」
「・・・。」
「でもね、かろうじて物の怪の気配だけは分かるのよ、不思議でしょ?」
そう言って喜美は悲しげに微笑んだ。
「ねえ、翼くん・・。」
「・・・はい。」
「退治屋になるということは、大事な人にも危険が及ぶという事よ。」
「・・・。」
「退治屋になるなら、翼くん、私と同じ目にあう事も覚悟なさい。
貴方に関わりのある人達が巻き込まれる可能性があるという事を。」
「!」
「それとね、退治屋は、物の怪に自分が大事にしている人を知られてはならない。
また物の怪から守り切り、結婚して家族となったなら家族に自分で身を守れるようにする。
それは、わかるわよね?
でも、これは細心の注意が必要で、気が休まる事はないわよ?」
「・・・はぃ。」
翼は顔がだんだん俯き、力ない返事をした。
喜美にしてみれば悲しい過去で思い出したくない事を、自分は話させたのだ。
さらに言うなら、翼が喜美に気を遣わないように、過去のことで今は平気なふりをして。
そう・・・悲しい過去をまるで他人事のように話す事で。
さらに退治師として、予想以上の過酷さを突きつけ、それでもなるのかと聞いてきたのである。
翼が退治師になる事を心配して。
翼は落ち込んだ。
そんな翼に喜美は容赦なく問いかける。
「もし、親しい人が物の怪の人質にされたら、翼くん、どうする?」
「え?!」
「具体的に言うわね、ユリが人質にされたらどうする?」
「聞くまでもないでしょ? ユリさんを助けます。」
「そうね、そうでしょうね。
ユリを人質に取った物の怪が、ユリでは敵う相手でなく貴方しか退治できないとしましょう。
物の怪が、ユリを解放するかわりに貴方に呪いを受けろと言われたらどうする?」
「・・・ユリさんを助けます。呪いなんて後でとけるかもしれないし。」
「だめね、貴方は退治屋に向いていない。」
「え!」
「ユリが人質にされ、貴方が先にやられたら二人とも終わりよ。
貴方に呪いをかけた後、退治屋であるユリを無事に解放するわけがない。
それに物の怪が貴方に呪いをかけるなら、とけない呪いよ。
それもその場で命を落とすような類いね。
この場合、一番よい方法はユリを捨て、物の怪を倒すこと以外にない。」
「そ、そんな!」
「あなたに、それができる? できないでしょ?」
「うっ・・・。」
「あきらめなさい退治屋は。」
「・・・。」
「これでこの話しは終わりよ。」
翼は顔を俯けたまま、何も言えなかった。
そして顔を上げることができなかった。
喜美はそんな翼を見て、ため息をついた。
「翼くん、退治屋にならずともユリと結婚し暮らすことはできるわよ?
まぁ、それにはそれで覚悟は必要だけれども。
でも、これだけは言えるわ。
あなたは退治屋に向いていないし、なってはいけない。
なれば貴方はいつか物の怪に殺されるでしょう。
それも親しい人を巻き込んで。
それとユリにとって、退治屋になった貴方は足手まといよ。
それでも退治屋になりたい?」
「・・・・。」
「さあ、退治屋の話しは終わりよ、これ以上蒸し返さないでね。
どう? 気分を変えてユリとデートでもして来なさいな。
じゃぁ、私は行くわ。
ユリ、あとをお願い。」
そう言うと喜美はもう翼を見ることも、声をかけることもなく応接室を出て行った。
俯いたままの翼にユリが声をかける。
「翼くん?」
「・・・。」
何も答えない翼に、ユリはそっと寄り添うように腰掛けた。
「お母様が言った事、きついようだけど、私も母の意見に賛成よ。
翼くんは優しすぎて、退治屋に向いていないと私も思う。
お父様はといえば、翼くんに退治屋になって欲しかったみたいだけどね。
でも、翼くんが優しすぎる事を見抜いていて、退治屋には向かないと考えなおしたの。
退治屋になることを一旦認めるような事を言ったのは、貴方を落ち着かせるためと、冷静になって考える時間を与えたかったからよ。」
翼は俯いたまま、ポツンとそれに答える。
「・・・昨日、お父さんに会ったとき、僕は冷静だった。」
「いいえ、物の怪への恐怖を無自覚に心が防衛をしただけよ。
恐怖心を、物の怪を退治したという安心感に置き換えていたの。
それに気がついていないだけよ。
興奮状態の場合、よくある現象よ。
それに物の怪に恐怖するのは、至極自然な反応なの。
あって当たり前だから、自分を責めたり、卑下する必要はないわ。」
「・・・。」
「話しを元にもどすわね。
お父様はね、昨日の時点から時間をおけば翼くんの興奮していた心が落ち着き、隠れていた気持ちが表に出てくると判断したの。
つまり、時間が経つとあの物の怪の恐怖が身に染みるてくると。
でも、貴方はそうではなかった。
自分の心の奥に気がついてくれなかった。
だから母が貴方を説得することになったの。
自分の話したくない過去を話してまでも。」
それを聞いた翼の肩がビクリとした。
そして両手を強く握り、肩が小刻みに震える。
「俺って! 最低だ!
君のお母さんに、あのような辛い話しをさせるなんて!!」
そう言って、右手で机を強くたたいた。
ユリは唇を強く噛んで、そっと翼の肩に手を触れた。




