ユリの母
ユリの実家についた翼は、応接室に通された。
翼はユリの機嫌がどうすれば直るか考えていたため、上の空で応接室に入る。
すると、そこには既にユリの母、喜美が待っていたのである。
「いらっしゃい、翼くん。」
「!」
ユリの母に声をかけられ、翼はハッとした。
「え?! あ、あれ? こ、ここは応接室? い、いつの間に!」
「・・・翼くん、何をいっているの?
ちゃんと玄関で靴を脱いで、ここまで歩いてきたじゃない・・。」
そうユリが翼に言う。
だが翼からしたら、スタートレックでいうところの転送にあった気分である。
つまり、ユリの車から応接室へ有無を言わさず転送された、そいういう感覚であった。
まあ、翼の気持ちはわからなくはないが、兎にも角にも翼は慌てふためいた。
おろおろ、あわあわと両手を胸の前で振る。
何か言おうとしても、口が回らず、それがかえって翼のパニックを大きくした。
その慌てように、喜美は困った顔をした。
「あらあら、何を慌てているのかしら?」
「す、すみません!」
「あら、どうして私に謝るの? 何か悪いことをしてきたの?」
「あ! はい! すみません!」
それを聞いてユリはあきれた。
それでは、本当に悪い事をしてから此処に来た事になる。
ユリはそっとため息をついた。
そんな翼とユリの様子をみて、喜美はクスリと笑う。
そして笑いながら翼に声をかけた。
「うふふふふふふ、まぁ、いいわ。
翼くん、可愛いいわね。
どうかしら、ユリではなくて私と・」
その言葉にユリが母に噛みついた。
「お、お母様!だめよ! つ、翼くんは私のかれ・!!、あ!」
「あら、私の、何かしら?」
「そ、その、あの・・・。」
ユリは顔を真っ赤にして俯く。
「あらあら、ユリは恥ずかしがり屋さんよね。
どうしたものかしらねぇ・・・。
あ、そうそう・・、翼くん、今日ユリから電話がいったでしょう?」
「え?」
翼は突然に話しを変えた喜美に困惑する。
「ユリの電話を盗み聞きしたわけじゃないのよ?
翼くんに、今日はどうするか聞いてくれるようユリに頼んだの。
そしてユリの部屋を出て部屋のドアを閉めたんだけどね。
翼くんが来るまで何をしていようかと、そこから動かずに考えちゃったのよ。
そしたらユリ、携帯電話で翼くんと話し始めちゃって、声が聞こえるのよ~。
でね、電話を切る前に、バカ、と言ったでしょ?」
「お、お母様! そ、それは!」
「あ! はい、確かに今日電話を切る前にバカと言われましたが?・・。」
翼は、今朝電話を切る前にユリが言った言葉を思い出した。
まぁ、確かにさほど頭がよいわけではない。
バカと呼ばれても間違ってはいないと思い、苦笑いをする。
喜美は翼の様子を見て心の中でため息をついた。
気を取り直し、話しを続ける。
「あのね、翼くん。バカという意味はね・」
「はい、確かに僕はそんなに頭がいいとは言えないので、間違ってはいないです。」
「あら? そういう意味じゃないわよ?」
「え?」
「つまりね・」
「お母様! それまで!!」
ユリの剣幕に、喜美はニコリと笑い口を噤んだ。
翼は喜美が何をいいたかったのか分からず首を傾げる。
そして・・、よせばいいのに、それを聞きたくて口を開いた。
「あの、お母さん、ユリさんの言ったバカとはどういう意味でしょうか?」
「あら、聞きたいの?」
「はい。」
「それはね、ユリは貴方と・・。」
「え? 僕と?」
「こら!! 翼!!」
突然、ユリに呼び捨てで怒鳴られた翼はキョトンとした。
よく見ると、ユリは鬼の形相をしていた。
翼の背中に冷や汗が流れる。
翼が母に聞くことを止めた様子に、ユリはホットする。
そしてさらに畳みかける。
「翼くん、母に聞くのはそこまでにしなさい!!」
「ひゃぃ! す、すみません!」
ユリが釘を刺すと、翼は直立不動となり頭を下げて謝ったのである。
「あらあら、翼くん、今からユリのお尻に敷かれちゃっているのね。
大変ね翼くんも。
まぁ、頑張って、翼くん。
人生は長いわよ。
ふぁいと~ぉ!
あ、そうだわ・・。
こういう時は元気になる飲み物が必要よね?
リポビタン・ゼットか、超強力・赤マムどちらがいい?
どちらも滋養と強壮にいいらしいわよ?」
マイペースな喜美であった。
翼は思わず、強力・赤マムシをお願いします、と、いいかけ、ユリにさらに睨まれる。
ユリから目を逸らした。
喜美は翼に話しかける。
「さて、冗談はこれまでとして・・・。」
「え? 冗談だったんですか?」
翼が驚いた顔をした。
ユリはすかさず、翼に苦情を入れる。
「翼くん・・・、話しをぶり返さない!」
「はい!」
「あら、いいご返事ね? すなおな子は好きよ?」
「お母様・・・・。」
「もう~、ユリは焼き餅なんだから~、ともかく、本題に入るわね。」
喜美はそういうと笑顔を消した。
すると今までほのぼのとしていたのが嘘みたいに、凜とした雰囲気が喜美にまとう。
その雰囲気に気圧され、翼も真顔となり姿勢を正した。
「翼くん、退治屋になりたいというのは本当?」
「はい。」
「言っておくけど退治屋は、命がけな仕事よ?」
「・・・はい。」
「そればかりでないわ、退治屋は昼夜問わず物の怪に命を狙われるわよ?」
「!・・・。」
喜美は、翼の目をジッとみつめた。
翼は喜美の全てを見透かすような眼差しに、目を泳がせる。
そんな様子の翼に、喜美は一つため息を吐く。
「そうよね、覚悟したとしても迷いがあるのは当然よね。
でもね、迷いが少しでもあるなら退治屋にならない事よ。
そうでないとできない仕事なの。
ちょっとした油断が死を招くの。
肝に銘じなさい。」
「・・はい!」
「よい返事だわ、ところで少し私の話を聞いてね。」
「はい・・?」
「私の実家は退治屋の一族の傍流なの。
そのため退治屋としての技術は継承されていない。
でもね、退治屋がいなくなった現代でも、物の怪の数が少なくなったとはいえ被害が後をたたなかったの。
それで退治をする霊能力が多少ともあった私の両親は、仕方なく退治屋になったわ。
霊能力のある家系であるいじょう、止むにやまれずにね。」
「そうだったんですか! なら物の怪退治などお手の物だったんですね?」
「いいえ、昔の退治屋から見たら猿まねをしているレベルだと思うわ。」
「え!」
「でもね、両親はこの家、榊家より退治の腕はよかったわよ。」
「!」
「私の両親がいたから、今この周辺の危ない物の怪は退治されいなくなった。
そしてユリは生まれたの。
この意味わかる?」
「?」
「あなたはユリを過大評価しているわ。
ユリは私の両親よりだいぶ腕は落ちるの。
でも、物の怪は新たに誕生するし、場合により別の場所から移動してくる。
ユリはそれを対処するため退治屋もどきをするようになっただけよ。」
「あの・・、お母さんの両親がいればユリさんは退治屋でなくてもいいのでは?
それにお母さんもいるし・・。」
それを聞いた喜美の目に、一瞬悲しさが滲み出た。
翼はそれを見逃さなかったが、なぜそのような目をしたのか困惑したのであった。




