退治の余韻・・・
翼のアパートへと向かう車の中、翼は無言に耐えられなくなった。
かといって退治屋になると決めたことを、今更蒸し返して話す気にはなれない。
翼は話題がそちらに行かないよう話しかける。
「ユリさん、あの物の怪は人がなったものなの?」
「ええ、そうよ、人の怨念から生まれた物の怪よ。」
「古来よりいる物の怪だけでなく、人が物の怪になる事もあるんだね。」
「ええ・・。」
「ところでさ、人が物の怪になるとすると、幽霊もいるよね?」
「ええ、居るわよ?」
「そうなんだ、だとすると幽霊と物の怪の違いが分からないんだけど・・。」
「私にも分からないわ。」
「え?」
「言えるのは私達神社関係にとって、人に害をなす霊的存在は対処するだけよ。」
「えっと、それってつまり・・違う存在だとしても同じ扱いという事?」
「そういう事よ。物の怪と幽霊を定義したいならそれを研究している人に聞いて。」
「・・・。」
「後ね、ついでに教えておくわ。死んだ人が怨念を持つことは珍しくないの。」
「?」
「まだ生きたかったとか、自分の財産や、子供の行く末など恨みつらみ、心配事は必ずあるもの。」
「なるほど・・。でもそれだと今日の物の怪が限りなく生まれてこない?」
「そんなに生まれてなど来ないわよ。」
「え?」
「物の怪となるにはね、その怨念の強さによるの。
それに普通は人の持つ怨念なんて人畜無害よ。」
「え? でも、怨念から生まれた幽霊がいるよね?
よくTVなどで取り上げるくらいだから、結構いるんじゃない?
あれも怨念のエネルギーだよね?
幽霊って祟るんじゃないの?」
「映画やドラマではね。」
「?」
「人が亡くなる時、放たれる怨念というエネルギーはピンキリなの。
一般的な怨念は、すこし霊的な能力がある人ならボンヤリと見える程度のエネルギー体よ。
このエネルギ-はビデオのようなモノで、怨念を残した人の映像を見せるだけ。
つまり見えるだけで人畜無害なの。
そして短ければ一日、長ければ半年位で消えて無くなってしまう。」
「そうなんだ・・。」
「でも、あまりに怨念が強ければ、今回のような物の怪となるの。
そう滅多にあるものじゃないわ。
滅多にあったら、たまったものじゃないもの。
今回の物の怪が生まれる切っ掛けとなった怨念は、かなりの憎悪だったのでしょうね。
憎悪、つまりエネルギーが強いと、別のエネルギーを吸収してより強いエネルギー体になる。
理由はよくわからないけど、おそらく共振のようなものじゃないかしら。」
「ええっと・・、位相が同じ音が重なると音が大きくなるというやつ、かな?」
「うん、たぶんそのような物ね。」
「でも、他のエネルギーって何? そんな物はそうそう無いんじゃない?」
「いえ、あるわよ?
生きている人々が怒ったり、恨んだりした怨嗟は人体からエネルギーとして放出されているの。
そのエネルギーは近くにある怨念に吸い寄せられ、怨念がそれを喰らい成長する。
怨念はある程度成長すると、自我のようなものを持ってしまうの。
そうなれば、その物の怪は人を襲うようになるわ。
人に霊的な被害、具体的に言うと人の魂に害をなすの。
魂は肉体である体に影響を与えものよ。
魂に傷をつけると、肉体が割け血を流す事さえある。
また体の一部が機能しなくなるの。
つまり体が動かなくなったり、聞こえなくなったりするのよ。」
「かなり怖いよね、それ。」
「そうよ、だから見つけしだい対処をしないといけない存在なの。」
そう言ったユリは、その後は何も話さなくなった。
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家に送り届けられた翼は、一人アパートのベットの上で天上を見ていた。
今日あった物の怪退治で神経が高ぶってなかなか寝付けないでいた。
「物の怪か~・・・、怖かったなぁ、あれ・・・。」
そう呟いて、右腕を目の上に乗せる。
天上の証明が遮られ、暗くなった。
すると、ユリが放った光が脳裏をかすめる。
「あの光、とても眩しく、でも綺麗な光に見えたけど・・。」
そう言って、目の上にのせていた右手を天上に突き上げ、その掌を天上に向ける。
右手の甲を見つめ、翼は考える。
霊的エネルギーを、ユリはこうして出したんだよね?
そういえば、その時、ユリは何かを手にもっていたような・・・。
強烈な光がユリの掌から出たとき、一瞬、手に持っていたものが見えたのだ。
「あれって・・、どこかで見たような気がするんだけど・・。」
翼はベットから起き上がると、リビングに行きテーブルにおいてあるパソコンのスイッチを入れた。
「確か、あれは仏具だったような気がするんだけど・・。」
そう言って立ち上がったパソコンでググる。
意外と簡単に、それは見つかった。
それは独鈷という仏具で、もともとは武器だったようだ。
そのなかの三鈷杵が、ユリの持っていた物のように見えた。
だが・・。
長田神社の一族ということは神道・・・・。
仏具を持っているなんて事はないよね?
そう思い翼はパソコンの電源を落とした。
そして翼は背伸びをしながら立ち上がり、寝室へと向かい、ベットにダイブする。
ボフン、という音を立て体がベットに沈む。
寝返りを打ち、天上を見つめた。
「う~・・・、寝られそうにないかな・・。」
そう言って、目を瞑る。
だが・・。
「あああああ! 忘れてた!」
そう叫んで上半身を起こし、自分の額を手でポンと叩く。
「ユリさんに、明日のデートを申し込むの忘れていた!」
黄昏れる翼であった。
 




