退治屋になりたいのだけど・・
物の怪退治を終えた二人の車は、ユリの実家へと向かった。
物の怪退治をしたいなら、翼に父の許可を得て欲しいとユリが言ったからだ。
ユリとしては、父がそれを認めないという確信があった。
翼はといえば、簡単に許可が下りると思っていたのである。
ただ、それは何の根拠もない自信であったのだが・・。
ユリの家に着くと、すぐにユリは翼を応接室に案内し、父を呼びに行く。
だが、ユリの父はなかなか翼の前に顔を現さなかった。
どうやらユリが何か父に相談しているようである。
翼は時間が経つにつれ、だんだんと不安になってきた。
この様子だと反対されるのではないだろうか?、と。
もし、反対されたら、どうやって説得しよう?
翼にもしもの事があったら、と断られるのだろうか?
あるいは翼に何かあった時に、両親はどうするのだ、とか言われるのだろうか?
時間とともに、眉間に皺がよる翼であった。
やがて応接室の扉の向こうから、ユリの父親の声が聞こえた。
「入るよ、翼クン。」
「は、はい!!」
翼は挨拶をするために立ち上がった。
だが、慌てて立ち上がったため弁慶の泣き所をテーブルに思いっきりぶつけたのだ。
ガン!
「痛ってぇ~!!」
そのタイミングで扉を開けて入って来たユリの父、公一郎は飛び上がった翼を見て慌てた。
「どうしたんだ翼くん! まさか、物の怪に怪我でも負わされていたんじゃ!」
「ち、違います・・、て、て、て。」
「て?」
「て、テーブルが足に噛みついたんです!」
翼はそう言って目に涙を浮かべる。
よほど痛かったのであろう。
公一郎は一瞬、キョトンとした。
そして・・
「え~と、それってつまり・・、テーブルに足をぶつけたという事かな?」
「はぃ、そうとも言います。
このテーブル、なかなか手強く固すぎます!
僕はもう少し柔らかくて、角のないテーブルが好きです。」
「・・・。」
公一郎は、翼のその言葉にガクリと肩を落とした。
物の怪に怪我を負わされたり、呪いをかけられたのでない事にホットしたのだ。
それと同時に・・、それを心配した自分がバカらしくなった。
翼に会う前に、ユリから翼はかすり傷一つなく無事だと聞いていた。
それなのにドアを開けたら、翼が苦痛で呻いていたので、つい、焦ってしまったのだ。
いや、なんというか・・、まぁ、理由はどうあれ気が抜けたのだ。
沈黙がしばし応接室に流れた。
公一郎には、今、必要な物があった。
それは、パソコンでいうリセットである。
困った時の最終手段である。
人は思いっきり気が抜けた時は、そう簡単に復帰できないものである。
しばらくして、公一郎はリセットに成功した。
再起動をしたのである。
復帰した公一郎は、いつもの柔和な顔にもどり翼に声をかけた。
「まぁ・・、物の怪による怪我でなくてよかった。
祟りでももらってこられたら大変なことだからね。」
「はぁ、すみません、驚かせてしまい・・・。」
翼はそう答えながら、今まで受けた物の怪の講義の内容を思い出していた。
物の怪の退治は簡単ではない。
もし物の怪の反撃にあったら大変な事になる。
物の怪の中には、人に祟りや呪いをかける類いがいる。
そのような物の怪には決して触れてはならない。
物の怪がはき出す唾や、皮膚の粘膜から出る粘性の液にも触れてはならないのだ。
触れたら最後、呪いや祟りを受ける事になる。
ここで物の怪に触れるというのは、そのように見えるだけである。
人は物の怪に触れることができない。
幽霊と同じような存在だからである。
では、どうするのか・・
それは、彼らは人の魂に触れてくるのだ。
するとあたかも物理的に触られたように、人は感じるのである。
物の怪からの祟りや呪いは恐ろしい。
高熱を発して起き上がれなくなり、苦しんだあげく死んでしまったり、または聴覚、視覚、嗅覚などの5感のうちの一部、または全てを失ったり、手足が一生動かなくなる呪いなどがある。
物の怪が見えるようになった翼が、物の怪に襲われてこれらの呪いを受ける可能性があった。
そのためユリは護衛をかねて、会社への送り迎えをしてくれているのである。
翼にとっては護衛のためとはいえ、ユリと一緒というのは嬉しい事だ。
だが、男としての矜恃がそれに異を唱える。
男なら守ってもらうのではなく、ユリを守れるようになりたいのである。
それが今回、自分でも物の怪が退治できるかもしれないという事がわかったのだ。
ならば、是非ともそうなりたいと思うのは自然の理である。
公一郎は翼に座るようにすすめ、自分も座る。
「翼クン、物の怪の退治屋に興味があるんだって?」
「いえ、興味でなく、なりたいんです。」
「・・・・。」
「僕は守られるだけではいやです。」
「・・・どういう意味かね?」
「僕がユリさんを守りたいんです。」
「君がかね?」
「はい。」
「君が退治屋となるためには、年齢が高すぎる。」
「と、言いますと?」
「いいかね、今のユリは幼き頃より修行をして物の怪を退治する技術を身につけた。」
「!」
「そんなユリでさえ、本当の退治屋というにはおこがましいレベルなのだ。」
「・・・。」
「退治屋は物心がつくかつかないかの時期から修行を要するのだよ。」
「・・・。」
「だから君には無理だ。」
「・・・。」
「それに退治屋は危険過ぎる。」
「でも、ユリさんはそれを行っている。」
「それはそういう一族に生まれた宿命だ。君は違う。」
「・・でも、僕は退治屋の血を引いているんですよね?」
「まぁ、そのようだね、それが皮肉にも今日確認ができてしまった。」
「なら、退治屋として不適格ではないんでしょ?」
「そうだね・・。」
「どんなに辛い修行でも何でもします、ですから退治屋となれるよう指導して下さい。」
そう言って翼は頭を下げた。
それを公一郎はジッとみつめる。
翼にとっては長い時間が過ぎた。
でも翼は頭を上げない。
折れたのは公一郎だった。
「聞きたいのだが、翼クンが退治屋になりたいのはユリのためかね?」
「はい。」
翼は顔を上げながら、迷い無く答えた。
「それで・・本当にいいのか? 祟りや呪いを受けてしまうかもしれんぞ?」
「・・・それは怖いですね・・。」
「なら・」
「いえ、それでも退治屋になり、ユリさんの肩の荷を少しでも軽くしたいんです!」
「・・・。」
「だめでしょうか?」
翼はそう言って俯いた。
公一郎は再び黙り込んだ。
沈黙の時間が流れる。
やがて公一郎は翼に声をかけた。
「翼クン、まず顔を上げてくれ。」
「はい。」
翼は顔を上げ、公一郎の目を見つめた。
公一郎は軽く頷く。
そして・・。
「分かった、退治屋となる事を許可しよう。」
「ありがとう御座います!」
「退治屋については、喜美から教わるとよい。」
「へ? えっと、どうして奥様に?」
「喜美は退治屋について詳しいからだよ。よく習いなさい。」
「ええっと、はい・・、わかりました。」
「では退治屋としての話しは明日からだ。
今日は色々とあって疲れているだろう。
今日は帰りなさい。」
そう公一郎は翼に言うと応接室を出て行った。
しばらくして来たユリは、なんとも言えない顔をしていた。
二人は無言で向き合った。
やがてユリは応接室の扉を開き、翼に帰るのを促したのである。




