見えた光がどうしたというのだろう?
ユリの呟きを聞いた翼はポカンとした。
翼はユリに尋ねた。
「何故、光が見えたのが不思議なんだ?
あんな眩しい光、誰だって見えるよ。
むしろ見えない人がいたなら驚きだ。
それよりも、あの光は一体何?
そしてあの物の怪は、どうなったんだ?」
それを聞いても、暫くユリは呆然と翼を見つめていた。
「え? あの、ユリさん? どうしたの。」
ユリはハッとした。
自分が呆然としていた事に気がついたのだ。
そして間をおいて、ユリはため息を吐く。
「ねぇ、翼クン、光の事を聞く前に、私に何か言うことはない?」
「え?」
「普通、大丈夫だった、とか、怪我はなかったか、とか聞くんじゃないかな?」
「あっ!」
翼は慌てふためく。
「ご、ご、ごごごごご!」
「ご?」
「ごめんなしゃい!」
舌を噛んだ・・
動揺しすぎである。
その様子を見たユリは、一瞬ポカンとした。
そして笑い始める。
「ふふふふふふふ。 何それ?」
ユリの顔に笑顔が戻ったのである。
「心配はしてくれていたのね?」
「ふぁい!! とうぜんれしゅ!!」
噛み噛みである。
ユリに対し、いい加減に耐性をつけてもいい頃だと思うのだが・・・。
それを聞いたユリは、さらに笑い転げる。
「あははははははは、翼クン、何それ? 噛み噛みじゃん!」
「そうれしゅか!」
また噛んだ。
だが今度はかなりきつく舌を噛んだようだ。
翼は痛みで顔を顰めた。
「あはははははは、だ、大丈夫!! く、くるしぃ・・!」
あまりに笑いすぎたユリはお腹を押さえ、その場にかがみ込む。
翼はその様子をみて、何も言えなくなった。
やがてユリの笑いが収まり、ユリは涙目をしながら翼に聞く。
「舌・・、大丈夫?」
「うん、らいじょうぶ・・。」
「ええっと・・、舌が痛くて喋りにくいのね?」
翼はコクンと頷いた。
ユリは心配そうに翼を見た後、立ち上がり膝についた土を軽くはたく。
そして・・
「とりあえず車に戻りましょ?」
「・・・うん、れも、あの物の怪は退治したのら?」
「うん、したわよ。」
そう言ってユリは歩き始めた。
翼はユリが隣を通り過ぎて暫くしたあと、ため息を吐く。
そしてユリの後を追った。
車に着くまで二人は無言だった。
それというのも、ユリは肩で息をしていたからだ。
ユリは、かなり疲れた様子である。
ユリは車に入るとエンジンをかけ、暖房を入れる。
そして後部座席からジュースを取り出すと、勢いよく飲み干した。
翼も後部座席からウーロン茶を取り、同じように飲み干した。
ウーロン茶を口の含むと、緊張で喉がカラカラだった事に翼は気がついた。
ユリはポツンと呟く。
「翼クンにはあの光が見えたんだね・・・。」
ユリはそう言うと助手席の翼を見つめた。
翼は軽くそれに頷いた。
ユリはすこし黙り込んだ後、翼に説明を始めた。
「あの光はね、霊的な衝撃波により持たされた光なの。」
「衝撃波?」
「ええ、そう。
体内にある霊的なエネルギーを体外に猛烈な勢いで放出したの。」
「・・・・。」
「よく聞かない?
例えば隕石などが地上に突入し、近くを通ったときにガラスが衝撃波で割られたとか?」
「ああ! 聞いたことがある。 たしかソ連であったんじゃないかな?」
「そうね、それよ。」
「それにしても、衝撃波であんな光が出るんだ。」
「ええ、物の怪は一種の霊的な存在なの。
霊的なものは、特殊な電磁波の塊でそれが体を構成しているのよ。
だから物質で構成されている人間が物理的に対処してもできないの。
つまり、触れることさえできない。
電磁波的な存在には、それに見合った対処をするしかないの。
だから霊的能力を媒体にし、自分の体内で物の怪に対処できるプラズマのような物を作ればいい。
そしてそれを物の怪にぶつければ、その衝撃と相まって光になって消え去るの。」
「すごいな・・、科学的根拠に基づいて退治していたんだね?」
「・・・。」
「ん?」
「どうなんだろう。
今話したのは私の考えであり推測よ。
でもそう考えると、色々と辻褄があうの。」
「え?当てずっぽ?」
「ええ、だって私は科学者じゃないもの。
それを科学的に証明する気は無いし、論文にして発表する事もない。
要は自分が導いた結論から、いかに物の怪を退治するかが大事なだけ。」
「そうなんだ・・。
でも、説得力があるからたぶんその理論は正しいんだろうね。」
「ふふふふふ、私の推理を肯定してくれてありがとう。」
「うん、まぁ物の怪の退治方法の原理は分かった。」
「そう、良かった。」
「で?」
「え、何?」
「さっき、やっぱり光が見えるんだって言ったよね。」
「ああ、その事?」
「そう、その事。」
「・・・・。」
「ん?」
「知りたい?」
「え? あ、うん。」
「別に隠すことではないけど・・、まぁ、いいじゃない、知らなくても。」
「?」
「さて、帰ろうか?」
「いや、待って! ちゃんと教えて。」
「・・・・。」
「もしかして、僕に気を遣っている?」
「え?・・」
「やっぱりね・・、なんかそれを知ると僕が無茶をしそうとか?」
「!」
「あ~、やっぱり図星かぁ、で、何?」
「・・・。」
「教えなければ、教えてくれるまでしつこく聞くよ?
男ってね、執念深いんだよ?」
「あのね、執念深いのは女性じゃないの?」
「そうだっけ?」
「はぁ~・・、まぁいいわ、分かった。」
「で?」
「・・・普通はあの光は見えないの。」
「物の怪が見えるようになっているから、見えても不思議はないんじゃない?」
「だから、物の怪が見えるだけの霊能力者は、あの光は見えないの。」
「え?」
「・・・。」
ユリは一つため息をついた。
「いい、翼さん、これを話したからと言って、その能力を得ようとしないと約束できる?」
「え?」
「約束して。」
「え、あ、え?」
「約束!」
翼は押し黙った。
そして暫し考えてから答える。
「うん、約束する。僕のためだというのなら。」
「そう、約束ね。」
「ああ、約束だ。」
「あの光が見えるという事は、物の怪退治ができる霊能力があるという事よ。」
「え?」
「私のお父様が推察したように、やはり翼クンの一族は退治屋だったんだと思う。」
「そう・・なんだ。
じゃあ、僕も物の怪退治ができるんだね。」
「まあ、そういう事ね。じゃあ、この話しはお終い。」
「君のお父さんに聞けば、物の怪退治の方法、教えてくれる?」
「!」
「そうか~、楽しみだな~。」
「何を言っているの!! さっき約束したわよね!
聞いたら、その聞いた能力は使わないと!!」
「うん、言ったよ。
でも、その後でユリさんが僕のために、という条件付きだったよね?」
「え!?」
「僕からすれば、その能力を使うのは僕のためじゃないもの。
君のために使いたいだけだから嘘は言ってないよ?」
「バカ言わないで! 物の怪と戦うなんて危険すぎる!」
「だめなの?」
「これ以上、翼クンをこの世界に巻き込んで危険な目に遭わせたくない!」
「・・・僕は君を守りたい。」
「!」
「それって、駄目かなぁ?」
「うっ!・・・。」
「駄目?」
「ずるい・・。」
「え?」
「・・・ずるい。」
蚊の泣くような声で、しかも尻すぼみに呟くユリの声は翼には届かなかった。




