え? カッパだったりして・・・
雪の中、行軍を強行してはいるが待ち合わせの時間まで実はまだ余裕があった。
雪で思うように歩けないため焦りはあるものの、約束時間には余裕で間に合うはずである。
翼は舞い散る雪が目に入らないよう、俯き加減に歩く。
ふと見ると、先程、遠くに蛇行しながらこちらに向かっていたチャリが直ぐそばにいた。
そのチャリが横を通り過ぎようとしていたのである。
「え?! あれ? え? えええええ!!!」
翼は変な大声をあげ、目を見開いた。
すると雪が目に入り、あわてて閉じて袖で目をこする。
そして、すぐに目を開いた。
見間違いではなかった。
そこにはカッパがいた。
そう、日本古来からお伽話に出てくる、あのカッパである。
岩手県遠野市などのカッパ伝説は有名ではあるが、長野県にもカッパ伝説はあるのだ。
そのカッパがチャリに乗っていたのである。
なんとも非常識なカッパである。
翼はその姿に思わず叫んだ。
「嘘! カッパだ!!」
「あん?! え? お、お前、俺が見えんのか!!」
翼の驚く声に、カッパは驚いてチャリのハンドルを思わず強く握った。
それにより蛇行して安定していたチャリが安定性を失う。
チャリは見事にガッシャ~ン!!という音を立ててコケた。
実際には雪のため、チャリは音をたてて倒れてはいない。
ボフンという、音ともとれない音が僅かに聞こえただけである。
だが、スローモーションをみているかのように倒れる瞬間を見た翼には音が聞こえたのだ。
倒れたカッパは、甲羅を見せていた。
俯せに倒れたのである。
その甲羅に雪が降りかかる。
「あ、あの・・、だ、大丈夫・・ですか?」
尻すぼみになる声をカッパにかけた。
さすがに倒れた人?を見て、声をかけずにいられなかったのである。
だが、倒れたカッパに近寄って、抱き起こすだけの勇気は翼にはなかった。
そんな翼にカッパは悪態をつく。
「大丈夫に見えるのか! お前には!」
「は? はぁ・・・。」
カッパに怒鳴られて、翼はどう答えればよいかわからず気の抜けた返事をする。
「おい! 若造! 手を貸しやがれ!」
「は、はい!」
カッパの大声での叱咤に、翼はあわてて駆け寄り手を貸す。
カッパはその手を借りて起きようとして、足を滑らせた。
それに翼も巻き込まれ、後ろに倒れこむ。
「うわっ!」
「どわっ~!!」
仲良く倒れ込んだ二人?は、互いに異なる悲鳴を上げた。
そしてカッパの上に翼は乗っかるかのように倒れ込んだのである。
「ぐえっ!!」
カッパが声あげる。
翼は倒れ込んで下敷きにしたカッパの感触に驚く。
お腹の部分が柔らかく、気持ちよい。
思わず・・『おおおおお!!』という歓声を上げたくなった。
だが、現実を翼はきちんと把握していた。
ここで「気持ちいい!!」などと言ったものなら、カッパに殴られると・・・。
それに自分も地面にたたき付けられるところをカッパが下敷きになって助かったのだ。
カッパ様々である。
まぁ、カッパが翼に気配りをして自分から下敷きになってくれたわけではないのだが・・。
それでも申し訳なく感じ、カッパを気遣う。
気遣いのできる男であった。
コーヒーの違いはわからないが・・ by ねすかふぇ。
翼はカッパに声をかける。
「す、すみません! 大丈夫ですか?」
「わ、悪いと思うなら、とっとと退きやがれ! このすっとこどっこい!!」
べらんめえ調のカッパである。
もしかしたら江戸の出身かもしれない。
・・・・いや、東京都の出身か。
そして叫んだカッパから、酒の臭いがした。
黄桜でも飲んでいたのであろうか?
呑とかいうお酒かもしれない・・・。
とりあえず翼はカッパに謝る。
「す、すみません!」
そういって翼はすぐにカッパから離れ、立ち上がる。
カッパも立ち上がろうとするが、背にある甲羅によりうまく寝返りができない。
そう・・、亀を裏返した時と同じである。
バタバタと手足を動かし、なんとか裏返ろうとするカッパを見て翼は呆然とした。
その直後、笑いがこみ上げてくる。
笑ってはいけないとは思うが、なんともその様子が面白く、可愛い。
だが、ここで笑うわけにはいかない。
笑えば、カッパから顰蹙を買うのは間違いない。
必死に笑いを堪える。
だが、賢明な人は思うであろう・・。
早く助けろよ!・・
そう言いたいところだが、当事者である翼にはそのようなことを考える余裕がない。
壊れたオモチャのように手足をバタバタさせ、必死の形相で立ち上がろうとするカッパを見たら笑いと哀れみを誘うのである。
しばらくジタバタしていたカッパは、ふと気がついた。
「お、おい!! 見物してんじゃねぇ、起こしやがれ!」
「は、はい!!」
怒鳴られた翼は、はっとして、今度は慎重にカッパを起こす。
「ふ~、えらい目にあった・・。」
そう呟くカッパに、翼は思わず言ってしまう。
「酔っ払ってチャリに乗るからコケるんです。
酔っ払い運転はだめですよ、おまわりさんに見つかったら注意されますよ。」
「なにお~っ!!」
「あっ! す、すみません!」
「あのなぁ! 物の怪の類いの俺たちに、人の法律が通用するのかっていうの!」
「え? でも、日本は法治国家ですから・・。」
「ああん?! 法治だとぉ! 放置もプレイもへったくりもあるか!」
「へ?」
いや、法治プレイなどと言ってはいないのであるが。
いや放置プレイか・・、日本語とは難しいのである。
カッパは翼に悪態をつきながら、さらに罵声を浴びさせる。
「それに、バカか! お前は!」
「は?」
「お前に聞くけどよ、いままでにカッパを見たことがあんのか!」
「え? あ、そういえば、ないですね?」
「だろう? そういう事だ。」
「へ?」
「・・・はぁ~・・、まだ分からないのかよ?」
「え? ええ・・。」
「お前、バカの見本か!」
「はぁ・・・。」
「いいか、よく聞け?
俺達は人間には見えないのだよ、普通は。
それに俺たちは日本に住んでいるが、人とは交わらん。
まあ、道路とか川を使っていて、人とすれ違うことはあるがな。
そもそも見えない俺たちが、日本とかいう国の人間社会から国民とは見なされる分けないだろう?
ユー、あー、あんだすたんど?」
英語で問いかけるとは、しゃれたカッパである。
翼は目をパチクリとした後、カッパに答える。
「分かったような気がします、あ、いえ、分かりました、たぶん。」
「そうか、わかりゃいい。」
「でも、だとすると何故、私は貴方を見れるんでしょう?」
「知るか!」
「へ?」
「まれに居るんだよ、俺たちを見えるやつが!」
「え?・・。」
「だから各地にカッパ伝説があり、おれらの姿を忠実に絵などで残してんだろうが!」
「な、なるほど・・。」
「あ、それ、分かったっていう言い方じゃねえな?」
「まぁ、その、なんて言って良いか・・。」
「ふん、まぁいいや、今日、俺をみたことなんざ明日にゃ夢だったとか思い忘れるから心配すんな。」
「そういう物なんですか?」
「知らん。」
「え?」
そう言うとカッパは倒れたチャリを再び起こして、チャリに乗り蛇行しながら遠ざかる。
「・・・あ~あ、酔っ払い運転はだめだと言ったのに。交通法規は守ろうよ・・。」
そう呟いてため息をついた。
人の、いや、カッパの話を聞いていない翼であった。