意外な情報
カッパのアベックの言いたい放題に翻弄されていたユリは、ハッとした。
人とカッパでは価値観が違うのに、カッパの言う事を真に受けている自分に気がついたのだ。
ふと隣を見ると、やはり翼も真に受けているように見える。
これでは翼はカッパの助言を受け入れて大変な事になる・・。
そう思いユリは焦った。
ユリは一度深呼吸をし、話題を切り変えようとルンに話しかけた。
「ルン、貴方達も花見に来たの?」
「そうよ。ちょっとムシャクシャした事があって、気分転換に来たの。」
「ムシャクシャ?」
「そう、本当に彼奴は鬱陶しいったらありゃしない!」
「彼奴?」
「そう、彼奴。」
「彼奴って?」
「彼奴って言えばわかるでしょ!」
「・・・。」
「?・・、もしかしてピンとこない?」
「ええ・・。」
「ひょっとして、ユリはまだ知らないの?」
「?」
「そういえば、最近、この辺りの巡回をしていないもんね。」
「ええっと、まぁ・・・そうね。」
「サボり?」
「サボってなんかいません!」
ユリは心外な顔をした。
このところユリは物の怪はなんたるかを翼に教えるために時間を割いていた。
さらに翼が物の怪と遭遇しトラブルに巻き込まれないよう、ユリは翼と通勤をともにしていたのである。
そして翼を家に帰した後で巡回をしていたのだ。
そのため睡眠を考えると十分な巡回時間は取れず、見回る範囲も狭くなっていたのである。
ルンは話しを続けた。
「まぁ、どうでもいいわ。巡回が手薄だと物の怪は住みやすくなるだけだしさ。」
「どういう意味? 私は貴方を敵視してなどいないけど?」
「何を勘違いしてんの? 本当に鈍感な娘ね。」
「鈍感て・・・。」
「あのね、物の怪といったら物の怪の類い全てについて言っているの。」
「!」
「やっと分かったみたいね。」
「それって・・・。」
「そういうこと。 新参者がうろついているの。」
それを聞いてユリの顔付きが変わった。
そのユリの様子に気がついた翼は声をかける。
「ゆ、ユリさん?!」
ユリは翼に答えず、ルンに問いかけた。
「ねぇ、ルン、そいつは人間に害をなす類い?」
「どうだろう・・。たぶんそうじゃない?」
「いつ頃から出ているの?」
「う~ん、そこの坊やと会ったときから少したった頃かな~。」
「だとすると2月の終わりから3月の始め頃ね。
で、そいつが何故鬱陶しいの?」
「恨めしそうな顔をして、訳の分からない事を口走ってるんだよ。
どこぞの人間でも捜して、うろついているんじゃない?
そんなのと度々会ったら、鬱陶しいに決まってるじゃん。」
「恨みごと・・か。やっかいね。」
「恨んで何か楽しいのかなぁ、まぁどうでもいいわ。」
「そうね、貴方達にはね。」
「ん? 彼奴にかかわるつもり?」
「だって、放っておけないでしょ? 恨みを持った物の怪を。」
「そんなの放っておけばいいじゃん。 ユリに関係無いじゃん。」
「まぁ関係はないけど、放っておけないの。」
「ふ~ん、やっぱ人間はよくわかんないや。」
「まぁ、貴方たちにはそうでしょうね。」
「じゃあ、お相子かな。」
「お相子?」
「そう、あんた達だって物の怪の事を分かっていないじゃん。」
「まぁ確かに、ほとんどの人間はそうよね。」
「でしょう。」
「でも、私は分かるわよ、貴方たちが。」
「ふ~ん、そう?」
「ええ、貴方達は欲望に正直で、行動も自分に忠実だもの。
でも、人はそうできないの。」
「そうなんだ。まぁ、どうでもいいわ、そんなの。
人が欲望を抑えて生きている理由なんて興味ないわ。
そんなふうに生きて何が楽しいんだろうね?」
「まぁ、貴方達からしたらそうかもね。
で、その物の怪は、どこに出没するの。」
「この犀川沿いで、えっと~・・二つ目の橋の辺りよ。」
「二つ目? 小市橋ね。」
「橋の名前なんて知らないわよ、人が勝手に橋を作って名付けた名なんてさ。
まぁ、橋は作ってもらってかまわないけどね。
作られたら便利といえば便利だからさ。」
「そう・・、で、その橋のどの辺りにいるの?」
「その橋を中心に、あまり離れない範囲を彷徨っているわよ。
暇なんだろうね、彷徨うなんてさ。
時間がなきゃできない事だもん。」
「あのねぇ、暇つぶしに散歩している訳ないでしょう?
恨みの対象を探しているに決まっているじゃない。」
「だから暇人だっていうの。
そんな事をするなら、美味しいものでも探し回って食べるか、お酒でも飲めばいいのよ。
まぁ、どうでもいいわ。
それより私はダーリンと花見に来たの。
もういいでしょ? 私達は行くわよ。」
「あ! ごめんなさい、邪魔をしてしまって。」
「いいわよ、じゃあね。」
そう言ってルンは、ユリから離れていった。
翼はその様子を見ながら思う。
ルンの彼氏はなんていう名前なんだろうと。
そして、あの女性の名前、いやカッパの名前がルンなんて意外すぎる。
まるで西洋風の名前ではないか?
カッパって西洋から日本に来たのだろうか?
まさかね~・・・
・・・?
あれ? 彼女は江戸時代とかの生まれだったよね?
いや、それより前だったっけかな?
まあ江戸時代としてだ、その時代にルンという名前があったんだね。
これって誰かに教えて、自慢したくなるトレビアじゃない?
などと、どうでもいい事を考えていた。
「ねぇ、翼クン・・。」
「はい!」
妄想していた翼は、突然にユリから話しかけられビクリとした。
その反動で直立不動となる。軍隊に入っても通じる姿勢であった。
「悪いけど急用を思い出しちゃった。
今日はこれでお開きにしましょう。
で、今日の物の怪の講義は休講ね。」
「え? 休講?」
「ごめんね。」
「・・・。」
済まなそうに言うユリの顔は、少し強ばっていた。
翼はじっとユリの目を見つめた。
ユリはそっと目を逸らす。
「ユリさん。」
「何?」
「僕は、物の怪の本当の怖さを知らない。」
「まぁ・・、そうでしょうね。」
「だから知っておいた方がいいよね?」
「そうよ、だから今、翼クンに教えている最中じゃない?」
「それでね、よく百聞は一見にしかずと言うよね?」
「え?・・、ええ・・。」
「だから、怖い物の怪を一度見てみたいんだけど?」
「だめ! 私と小市橋に来るなんて危険過ぎる!」
「小市橋の物の怪を見たいなんて言ってないよ、僕は。」
「あ!」
「・・・やっぱり一人で小市橋に物の怪を探しに行く気だったんだね?」
ユリはしまった!という顔をした。
だが、もう遅い。
翼はユリに着いていく気満々であた。
 




