花見だ!・・まだ早いけど。 で、なぜに此処に?
季節は冬から春へと移り変わる。
とはえいまだ寒く、三寒四温が収まりかけサクラが三分咲きとなった頃、翼は大分、物の怪というものが分かり始めた。
今日は金曜日であり、明日は休みである。
翼とユリはというと、会社の帰り道に寄り道というプチデートをしていた。
寄り道の目的は、咲き始めたサクラを見るためで有る。
つまり、少し早いが夜桜見物だ。
空を見ると夕焼けが終わりを告げるかのように、一瞬きらめいた後、夜の帳が下り始める。
しばらくすると、逢魔が刻と呼ばれる時刻になる。
逢魔が刻とは言葉の通りの時刻である。
つまり魔物と遭遇しても可笑しくない時刻、または魔物が跋扈する時間帯だ。
この時刻は、日が暮れた直後で目が暗闇になれておらず、目と鼻の先に人がいたとしても気がつけない時刻らしい。
ちょうどその頃に、二人は目的の場所に着いた。
そこは犀川の堤防沿で、桜並木のある場所だ。
周りには夜桜を照らすのに程良い明かりがない。
住宅街から外れており、街灯もまたサクラを見るには場所が悪く暗すぎた。
ときおり堤防を通る車が一瞬サクラが浮かび上がらせるが、ヘッドライトが眩しく情緒も何もあったものではない。
二人は車のエンジンをかけたまま、ヘッドライトで桜に照明をあてる。
そして車から降りて、林立する桜並木を肩を並べて二人で見る。
三分咲きでもあり、満開のサクラを考えると者寂しく感じる。
夜の寒さに、ブルリと震えた。
そして何よりも寂しいと思うのは、ビールが無い事である。
寒くても、ビールを飲みたいと思うのが飲んべえというものだ。
だが、車できているため、残念ながらお酒はお預けである。
ユリに気を遣った翼である。
ノンアルコールという手もあるが、アルコールの無いビールはビールではない。
何が嬉しくて酔えないお酒など飲むのだろう?
人によってはノンアルコールに、焼酎などのアルコールを加えると美味しいという人がいる。
ならば、最初から普通のビールなり、なんなりを呑むべきではないだろうか?
などと、どうでも良いことを考える翼であった。
とはいえ夜桜に手ぶらでは寂しいので、コンビニでジュース、ウーロン茶、ポテトチップスなどを買ってきていた。
「翼クン、このあたりは安全地帯よ。
物の怪が出てたとしても、貴方が前に出会ったカッパのアベックくらいなの。」
「ああ、あの冬場に会ったカッパかぁ~、確かに安心かも。」
「ええ、彼と彼女は物の怪にしては温厚で、人は襲わないからね。」
「でも、カッパって人を襲うと昔話にあるよね?」
「ああ・・、尻子玉の話しね?」
「そうそう、それ!」
「彼女らは人を襲って尻子玉を食べるなんて信じられないと言っていたわよ?」
「なんで? だってカッパでしょ?」
「カッパもね、時代とともに生きているの。
人が美味しいものを次々を開発し食べられる現在、なんで尻子玉なんて食べる必要がある!と、言っていたわ。」
「そう? カッパなのにグルメなんだ・・。」
そう翼がユリに話しかけた時だ、二人の横の暗闇から声がかかった。
「ふん! カッパがグルメじゃぁいけないってか?! あぁん、あんちゃんよぉ!」
その言葉と同時に、突然に暗闇からカッパがのそりと現れた。
まさに何もない空間から突然に現れたとしか形容しようがない。
「げっ! カッパだ!」
「てやんでぇ! それがどうしたってんでぇ!」
「な、なんでこのタイミングで、此処に出るんですか!」
「出るだとうぉ! 俺らは幽霊じゃねぇんだ!」
「す、すみません!」
「ふん! 俺たちがここに来たのは花見に決まってるだろう! このすっとこどっこい!」
そうカッパに翼は怒鳴られた。
その直後、女性の声が暗闇からした。
「ダーリン、そう、けんか腰にならないの!
ねえ君、お久しぶりというべきかしら?」
そう言って妖艶な女性のカッパが、やはり暗闇から突然現れた。
「あっ! どうも・・です。」
「アベックでくるなんてね、ふ~ん、これが君の彼女?・・・。 あれ? ユリじゃん?」
「お久しぶりね、ルン。」
ユリはそう言ってニッコリした。
どうやらカッパの女性はルンというらしい。
ユリの様子から、なんか友人つきあいをしているかのようだ。
翼は首をかしげる。
ルンはまじまじと翼の顔をみてユリに話しかけた。
「へ~、この坊やがユリの彼氏か~。」
「えっ? ええっと・・、まだ、彼氏と言っていいかどうか・・。」
ユリは尻すぼみの声でそう答える。
その答えにカッパのオジサンが、翼に何故か驚きの声をあげた。
「なんだとぉ、おいこら!
こんな美女にまだ手を出してねぇのか!
この意気地なしが!」
カッパの親父・・、いや、男性?が、そう怒鳴った。
「意気地なしって・・、あのね、僕らはつきあい始めてまだ2ヶ月ちょいですよ!」
「2ヶ月もつきあっていて、手を出さないなんて男の風上にも置けねぇ!」
「ちょっと、あんた、人間とカッパでは違うみたいよ?」
「そんな事あるかよ! 男なんざ、女に惚れたら手を出すもんだろうが!」
「まぁ、そりゃあ、雄の本能はそうだろうけどさぁ?」
そういってルンはちらりと翼を見た。
「ちょ、ちょっと、ルン! 翼クンに変な事を嗾けないで!」
「変な事って・・、あら、ユリは男性とそうなりたくないの?」
「!・・・」
ユリはそれを聞いて真っ赤になった。
「ほらね、ユリ、やっぱりそうなりたいじゃんか?」
「ち、違います!」
「ふ~ん、まぁ、どうでもいいわ、私ら物の怪は人間の考えることなんて分からないし、知りたくもないしね。」
「そうだろう、ルン! 確かにどうでもいいけどよ、あんちゃん、情けねぇ男だなぁ。」
そう言ってカッパは可愛そうな者を見るような目つきをした。
情けない男とは、ひどい言いぐさである。
そしてカッパの言うアドバイス?は、翼にとっては余計なお世話でも有った。
確かに男としては、ユリとあははのうふふの関係になりたいのは確かだ。
しかし、ユリに迫り嫌われたくないのである。
それにユリの可憐さは、触れるだけでも壊れそうだし、怖れ多いと翼は思う。
できれば祭壇に飾り、朝夕晩にお祈りをしたいくらいである。
聖母マリア像のように・・・。
そう思う翼であった。
 




