物の怪の教官をゲットだぜ・・・、でも、できればお手柔らかにお願いしたいのですが・・
公一郎は、視線をドアの方に向け手を叩いた。
しばらくして、応接室のドアがノックされる。
「入りなさい。」
「失礼します。」
そういうと和服をそつなく着こなした中年の女性が入って来た。
そしてその後ろにユリが居た。
「二人とも座りなさい。」
二人は公一郎と同じ側の椅子に腰掛ける。
公一郎は翼の方を向き、隣に座った中年の女性を翼に紹介する。
「私の妻だ。名前は喜美という。」
「初めまして、翼さん。」
「は、初めまして! つ、翼といいましゅ!」
・・・舌を噛んだ。
あがり症なのだろう・・、たぶん。
公一郎はユリに話し始めた。
「ユリ、翼クンはお前がいう以上の男性のようだね。」
「?」
「まあ、それは置いておいて、物の怪の恐ろしさを先程説明した。」
「はい・・。」
「それで改めて、お前が翼クンの護衛として身を捧げる意味を説明した。」
「・・・はい。」
「だが、断られた。」
「え! どうして! 物の怪の危険なことをお父様から聞いたでしょ!」
ユリは立ち上がり、右手を握りしめて胸に当て翼に向かって叫んだ。
その様子にキョトンとした翼は、ユリを仰ぎみてノホホンと答える。
「え? ああ、物の怪がいかに恐ろしいか聞いたよ?」
「それを聞いたら危険だとわかるでしょ!」
「うん、危険だし、怖いとも思ったけど?」
「けどって・・・。」
「ふふふふふふふふ、大した方ね、翼くんて。」
「お、お母様!」
「翼クン、それでもユリの事を考えてくれたのね。」
「ええ、まぁ、はい。」
「そう、たいした覚悟ね。」
「ええっと、まぁ、その~・・。
覚悟といえるほどのものはないかな?」
「?」
「まぁ、なんとかなるさ、的な感じかな?
ユリさんが身を挺するより、いいかな~的な?」
「つ、翼くん・・。」
ユリは翼の言葉に、俯いた。
母である喜美は、翼の回答に一瞬、呆れたような顔をする。
それはそうであろう、物の怪を相手にして何とかなるなど脳天気にも程がある。
だが・・、喜美は翼の瞳を見ていた。
そこには言葉でとぼけてても、男子としての覚悟を見たのである。
ああ、この人、昔の公一郎さんに似ている、と。
喜美は慈愛の眼差しをユリと翼に向けた。
そして・・。
「ねぇ、翼くん。貴方はユリに魅力を感じないの?」
「な!! そんなはず、ないじゃないですか!!」
翼があまりにも勢い込んで言うものだから、喜美は上半身をのけぞらせた。
「あっ! す、すみませんお母さん・・・。」
「ふふふふふ、謝ることはないわ。
そう、ユリの事が好きなのね。」
「え?! あ、いや、その・・、はい・・。」
「ユリの母親として、ユリのことを気に入っていただけて嬉しいわ。
それにユリのことを気遣ってくれた事に感謝するわ。
ありがとう。」
「あ、はぁ・・・。」
なんとも気が抜けた返事をする翼であった。
公一郎が口を開く。
「喜美、ユリ、翼クンは物の怪に対する対処方法を知りたいそうだ。
協力してやってくれ。」
二人はその言葉に頷いた。
だが、その言葉は翼には予想外であった。
おもわず翼が聞き返す。
「え? え? あれ? 教えてくれるのはお父さんの方ではないんですか?」
「儂か?」
「あ、はい・・。」
「むさい男より、美人二人に教えてもらった方が嬉しいだろう?」
そういって公一郎はウインクをした。
様になっていた。
それを見て翼は負けたと思った。
なにに負けたかはわからないが、公一郎をカッコいいちょい悪親父と認識した瞬間であった。
翼は公一郎に答える。
「そ、それは、まぁ、はい、そうです。
美人二人の方がいいです。」
「ははははははは、そうだろう、そうだろう。
まぁ、冗談はさておいて喜美はな、物の怪に詳しい家の出なんだよ。
そして実際に小さい頃から物の怪に接しているユリだ。
この二人なら、翼クンの教育にふさわしい。」
「そ、そうですか・・、では、お母さん、ユリさん、よろしくお願いします。」
「はい、承りました、翼クン。」
「翼クン、よろしくね。」
「あ、こちらこそよろしく・・。」
こうして翼は物の怪について、教えをユリの家で受けることになった。
事は急を要したが、翌日、日曜日からの教えとなった。
これから会社と物の怪の教育で忙しくなるため、今日ぐらいはと猶予をもらったのである。
そのため、ユリと翼はデートに出かけたのである。
ユリの両親公認によるデートである。
ユリと翼を送り出した公一郎は喜美と二人でリビングに入った。
喜美が入れたお茶を、公一郎は一口飲み、口を開いた。
「喜美、翼クンをどう見た?」
「今時、見ないタイプの男性ですね。」
「どうだ、お前のお眼鏡に敵ったか?」
「はい、合格です。」
「そうか・・。」
「で、貴方は?」
「儂か?」
「ええ、どう思いましたか。」
「父親としては、誰であろうとユリに近づけたくはないわ!」
「またそのような事を。」
「まぁ、だが、今回の件を考えると娘を差し出すしかなと覚悟したのだがな・・。」
「まあそうですね、そうせざるをえない事ですもの。」
「ああ、それを翼はユリの気持ちがなければいらんとほざいたのには呆気にとられた。
親のひいき目だけでなく誰からも美人で可愛いといわれる娘だぞ?
それを自分を好きになってくれなければ、いらんなどと・・。」
「ほほほほほほほ、よい人と巡りあいましたね。」
「ああ、確かにな・・・。」
「で、どうされます?」
「さて困った・・。」
「・・・。」
「たぶん翼は霊能力者として有能だ。できれば物の怪退治をしてもらいたいのだが・・。」
「無理でしょうね、優しすぎます。」
「そうだな・・、いままで同様、それはユリの仕事としよう。」
「ええ、そうですわね。」
「だがなぁ、ユリは物の怪退治の能力はさほどないからのう・・。」
「・・・。」
そういって二人はため息をついた。
一方デートに向かった翼は、その日は本当に幸せだった。
あこがれのユリとのデートが、昨日だけでなく今日もできたのだから。
しかし明日、ユリが鬼教官である事を知ることになる。
そして、それはユリの母親、喜美も同様であった。
それというのも物の怪の恐さを知っている二人だからこそ、鬼教官とならざるを得なかったのである。
ただし、しごかれて音をあげる翼ではあったが幸せであった。
それはアパートから会社、会社からユリの家、ユリの家からアパートまで、ユリが車で送迎してくれたからである。
それというのも、翼が物の怪と遭遇しないための安全策であった。
そしてユリが安全を考慮していたためであろう・・、カッパに会って以来は物の怪と会うことはなかったのである。
春になるまでは・・・。
 




