突然、ご招待が届いたのだが・・・、行かなくてもいい?
翌日の土曜日の事である。
休日で惰眠をむさぼっていた翼の携帯がけたたましく鳴った。
眠りから半分意識を戻した翼は、頭の近くに置いたはずの携帯を目を開けずに手探りで探す。
探し当てた携帯に耳を当て翼は返事をした。
「もひもひ、ふぁ~~ぁ。」
盛大なアクビをしながら携帯に出た翼の耳に、鈴の音のような声が響く。
「あ・・・、ご、ごめんなさい! まだ寝てました?」
「え!!」
声の主に驚き、翼はガバリと上半身を起こした。
背筋が真っ直ぐに伸び、普段猫背ぎみの翼には有り得ない姿勢である。
電話をしてきたのはユリであった。
「ゆ、ユリひゃん!!」
舌を噛んだ。
昨日、あれだけユリと親密?になれたというのに、まだ免疫がついていないようだ。
おそらく”定期的にユリと会うというワクチン”を打たないと、免疫が即座に無くなる体質なのかもしれない。
「あ、あのごめんなさい、起こしてしまって。」
「と、とととととと、とんでも御座いませぬ!」
時代劇でもあるまいに、御座いませぬはないかと思う。
だが驚いて冷静さを欠いた翼は、それどころではなかった。
どもりながらユリに話す。
「あ、ああああ、あ、あの!」
「はい?」
「な、何か御用でございましょうか?」
「えっと、その・・・。」
何か言いにくそうな気配を、携帯の向こうのユリから翼は感じ取った。
「?・・、どうしました?」
「あ、あの・・・。」
「はい?」
「よろしければ、今日、時間を頂けませんか?」
「え!! はぃ! 喜んで!!」
「え? 宜しいんですか?」
「はい! 宜しいも何も、宜しいんです!!」
「・・・ありがとうございます。」
「えっと、じゃ、じゃあ、どうすればいいですか?」
「あの・・、私が翼さんのアパートに行ってもよろしいですか?」
「え? あ、はい? はぁ?・・・はい。」
「あの、お時間はいつがよろしいでしょうか?」
「いつでも!! あ、今すぐでも! あ、いや、待って! 服を着る時間を下さい!」
「あ、あの・・、お、落ち着いて下さい、翼クン。」
「はい、落ち着いています、救急車を呼ぶのは110番です!」
「?・・・。」
「あ、違った! 警察を呼ぶなら119番だ!」
「・・・あの、落ち着いて翼クン。
・・今はお昼ちょっと前ですよね。
では2時頃に伺ってもよろしいですか?」
「いいとも~!!」
即座に答えた翼であった。
分かる人は、わかるだろうか?・・・
ちょっと昔に、笑っていいとも、という番組があった。
それを真似たわけではないが、ハイテンションになった翼が無意識に放った言葉である。
そんなハイなテンションの翼に、ユリは戸惑う。
「え? あ、ええっと・・、それで宜しいのでしょうか?」
「はい!」
「・・・わかりました。では2時に伺いますね、よろしくお願いします。」
「はい! お待ちしております。」
「それでは失礼します。」
「はい!」
そういって電話は切れた。
だが電話が切れも、しばらく翼は携帯を握りしめたまま夢心地でいたのである。
やがて正気に戻った翼は、重大な事に気がつく。
「あれ? そういえばユリさんの用事って何だろう?
聞いてないような気がするんだけど?・・。
あ!? そうだよ! 聞いてない!
ど、どうしよう?
アパートの前で簡単に済む用事?
数分で終わるような用事???
・・・
いや、そんなのってないよね?
ゆっくり話したいよね、俺・・。
あ、でもユリさんの都合もあるし・・。
いやいやいや、希望を持とう!
もしかしたらユリさんからのデートの誘いかもしれないじゃないか!
そ、そうだ、そうかもしれない!
ならば、直ぐに出かけられる服装がいいよね?
何を着ていけばいいんだろう?
喫茶店に行く程度なら軽装でいいんだよね。うん。
あ、でも、待てよ・・。
もしかしたら、車でドライブでもとなったら、厚着をしていく必要があるよね?
あああああああ~!どうしよう?」
そう言って頭をかかえた翼であった。
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そして、2時ちょうどにユリは翼のアパートを訪れた。
ミラという可愛い車で。
翼はというと、外出に備えすこし厚手の服装をしていた。
どういう状況になったとしてもも対応できる服装にしたのである。
「すみません、突然に・・。」
「あ、いや、僕としては大歓迎です!」
「そ、そう?」
翼のその言葉に、ユリの顔がほんのりと赤くなる。
「どうします、ちらかっていますが部屋に上がりますか?」
「え?」
ユリは一瞬、驚いた顔をした。
それに気がつき、翼はしまった!と、思う。
慌ててユリに謝る。
「あ、ごめん! そういうわけにもいかないよね・・。
知り合ったばかりなのに、部屋に誘うなんて・・・
失礼しました!
じゃぁ、どうしよう?
近くの喫茶店にでも行きますか?」
「あ、あの・・。」
「何でしょうか?」
「私の家に来てもらえませんか?」
「え!」
翼はポカンとした。
「あの・・、父が会いたいと・・。」
「え?! ええええええ!!」
「す、すみません、突然に・・・。」
「あ、あの・・。」
「・・・はい?」
「お父さんて、怖い人?」
「それは、どうなんでしょう?」
「どうなんでしょうって・・。」
「家に招待した友人は、女友達しかおりません。
ですので男性の友人を父に紹介したことはないのです。
ですので、男性からみた父の印象というのがわからないのです。
娘から見ると父はやさしいと思うのですけど、厳めしい印象を受けるかもしれません。」
「そ、そうですか・・、は、はは、はははははは・・。」
翼は乾いた笑い声を出した。
「で、でででで、で。」
「で?」
「ど、どどどどどど、どんな用件でしょうか、お父様はぁ?」
「あ、落ち着いて下さい、翼くん!」
「お、おおおお、お、落ち着いて、い、いましゅ!」
また舌を噛む翼であった。
ユリはその様子に困った顔をする。
「あの、昨日、居酒屋で話したことを覚えていますか?」
「え?」
「覚えていませんか?」
「・・えっと、覚えてはいますけど?」
「私が貴方に身を挺して尽くさないと、父に叱られると話したことも?」
「はい。そう言っていましたよね?
え?
まさか、あの事、お父さんに話したの?」
「・・・ええ、話さない訳にはいかないので。」
「そう・・ですか・・。」
「ですから父が貴方に謝りたいと・・。」
「ですから、それは必要ないと言ったはずですが?」
「父としては、是非ともお会いしてお詫びしたいと・・。」
「はぁ~・・・。」
「だめですか?」
ユリはそう言って、なんとも言えない顔をした。
う~、そんな顔をしないで欲しいと翼は思った。
「はぁ~・・、分かりました、お会いしましょう・・・。」
「有り難う!翼くん!」
「う、うん・・。」
「じゃあ、行きましょう!」
「あ、そうだ! 何か手土産を持っていかないと・・。」
「要りません!」
「え? でも・・。」
「父が謝りたいというのに、そのように気を遣われては困ります。
ですので手土産は要りません!」
すこし怒った顔をし、頑なに拒否するユリに翼は何もいえなくなった。
「わ、わかった・・。」
「じゃあ、行きましょう。」
翼は仕方なく、家に入りコートを取ってきてドアに鍵をかける。
ユリは車の運転席に既に座っており、エンジンは既にかかっていた。
「じゃあ、よろしく。」
そう行って翼はユリの車の助手席に乗り込んだ。




