デートだ! だからといって・・・
目を潤ませたユリに翼は尋ねた。
「ユリさん、貴方の影響で僕がカッパが見られるようになった、という事でいいんですよね。」
「・・・はい。申し訳・」
「謝る必要はありません。」
「え?! で、でも!」
「貴方の様子からなんとなく分かります。
たぶんカッパが見えるようになってしまったら、また元のようにカッパなどが見れないように戻すことはできないという事ですよね。」
「・・・はい、その通りです。
ですから、どう謝ってよ・」
「ですから、その必要はないです。」
「でも!」
「ユリさん、どうしようもない事を責めたからと言って、何とかなるものではないでしょ?」
「・・はい、それは・・そうですが・・・。」
「それともお詫びの印に、私と結婚してくれますか?」
「・・・もし、それで翼くんの気が済むなら。」
「!」
あまりにあっさりと答えるユリに翼は絶句した。
「・・・本当に結婚する気ですか?」
「はい。」
「僕は、いやです。」
「え?・・」
「そんなの嫌です。」
「・・そ、そうですよね、こんなふうにした私では・・。」
「違います!」
「?」
「私は貴方が好きです。今日、貴方とデートをしてさらに好きになりました。」
「それなら、私は貴方の望むがままに・」
「だから、それは嫌です!」
「・・・・。」
「私とつきあって、それで好きになれるようでしたら好きになって下さい。
好きになってくれたなら結婚して下さい。
お詫びでなんてゴメンです。
ですから、宜しければ暫く私とつきあっていただけませんか?」
「!?」
「つまり、今回の件とはまったく別にして、つきあってくれませんか?」
「・・・・。」
「もし、つきあって結婚するには値しないと思うのでしたら、それでかまいません。」
「それではお詫びになりません!」
「だから、お詫びなど必要ないと言っているんです。」
「・・・。」
「いいですか?
確かにカッパが見られると困ることがあります。
町中を歩いていてカッパに遭遇したなら、道を空けてしまうかもしれません。
それは周りからみたら何もない所で突然に何かを避けるような行動となり、異常と見られるでしょう。
或いはうっかりカッパがそこに居ると呟いて、それを誰かに聞かれたら、病院に行った方が良いと周りから言われるかもしれない。
それは困ったことになります。」
「ですから、私は・」
「ちょっと聞いて下さい。
確かにそれでは困ります。
ですが、そんなのは馴れでしょ?」
「え?」
「だって貴方だって見えているのに、誰も貴方のことをおかしな人だと言っていません。
ですから僕が物の怪を見るのに馴れればいいだけです。
見えても見えないふり、カッパにぶつかりそうになるならそれとなく躱せるようになればよいだけです。
貴方が責任を感じて、自分の身を差し出すようなことは必要ありません。
江戸時代でもあるまいし、人身御供みたいな事はしないで下さい。
貴方は僕に何もする必要はありません。」
「それでは私の気が済みませんし、それに両親が知ったら咎められます。」
「両親になんか言わなければいいだけでしょ?
私が良いと言っているんですから。
それに貴方の気がすまなくても、私はかまいません。
だって、それは貴方の問題ですからね。」
そう言って翼は悪戯っぽく笑った。
「僕としては貴方が無理に私と一緒になるより、貴方が心からの笑顔で笑っている事の方が大事です。
とはいえ僕も男です。貴方の事が好きです。
だから貴方に好かれたい。
でも、これは強制するものであってはいけない。
もしそうしたら二人とも幸せになんてなれない。
ですから、できたらでいいんです、私とつきあってください。
そしてつきあってみてから、好きになれるかどうか考えてくれればいいんです。」
「貴方は物の怪の恐ろしさを知りません。」
「そうかもしれませんけど、貴方に自分の身を差し出させるような事などさせません。」
翼はユリの目をしっかりと見て、そう言い切った。
ユリは、その言葉に目を見開く。
やがて目が細められ、涙があふれ出る。
ユリは両手で顔を覆い、肩をふるわせ始めた。
声を出さないように、泣き始めたのである。
翼はその様子を見て、アタフタとする。
どうしてよいかわからず、右往左往したのちユリが落ち着くのを待つことにした。
やがてユリが落ち着くと、翼は優しく語りかける。
「ここ、お酒が美味しいですね。呑みましょう?
でも、私は酔っ払いすぎた貴方を送り届けて、あなたの両親から怒られたくはない。
ほどほどに気持ちよく呑みましょう。
それに、わざと意識をなくすほど、呑まないで下さいね。
送り狼はしたいけど、しないからね。」
そう言って馴れないウインクをした。
そのウィンクのぎこちなさと、自分を心配する言葉にユリは涙目で微笑んだ。
その様子を見て、翼も微笑む。
そして翼が日本酒を一口、口に含んだ時である。
突然に翼が大声を上げた。
「しまった! 忘れてた!」
「え?! な、何を?!」
「日本酒で乾杯するのを。」
「?!」
あまりにどうでもいいことを、いかにも大事な事を忘れていたかのように騒ぐ翼に、ユリは思わず声を出して笑い出した。
「あはははあははは、本当だわ!」
「でしょ、でしょ、じゃ、乾杯!」
「乾杯!」
すると乾杯したタイミングで、店員が肴を運んできた。
店員は二人の様子を見て、微笑む。
「あらあら、賑やかな乾杯ですね。
日本酒も喜んでいるみたいね。
ふふふふ、ユリさん?」
「え? 何?」
「うれし泣きですか?
目が赤いですよ?
それに男性連れなんて初めてですね。」
「あ! それ言っちゃ駄目!
私は男にもてて彼氏がたくさんいると、この人に思われているんだから!
それに泣いてなんかいないもん!
来る途中、雪が目に入っただけですよ~だ!!」
「あら? そうだったの?
店に来たときは泣いていなかったような気がするけど?」
「あ~、それって目が悪くなってきているんじゃない?
老眼か~! お大事になさって!」
「誰が老眼よ! 失礼しちゃうわね。
まだ二十歳よ!」
その言葉に思わず翼は反応した。
「え! 本当?」
翼があまりに真剣に言うものだから、店員とユリは顔を見合わせた。
そして笑い始める。
「あはははははははは!」
「うふふふふふふふふ! 翼さん、本当に信じちゃうんだ!」
「いいの、いいの、信じていいのよ、翼さんていうんだ、ふ~ん。」
「あ、だめよ翼さんは、私の彼氏なんだから!」
「え、そうなの? 残念ね、ね、別れて私の彼氏にならない?」
「ちょ、ちょっと、なんていうことを言うのよ!」
「あははははははは、何、真剣に怒っているのよ?」
「お、怒ってなんかいないわよ!」
軽快なテンポで、あたかも姉妹が話すような会話に翼はついていけず、キョトンと二人の会話、いや、漫才を聞いているしかなかったのである。




