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異次元邂逅  作者: ずくなし
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序章

 その青年は雪が舞い散る中、足下に降り積もった雪を踏みしめながら急いでいた。


 急いでいるといっても、雪に足を取られ思うように進めない。

すでに新雪が5センチ以上積もっている。

その雪の下に人の足跡や、(わだち)などが隠れており、足を取られるのである。

そのため、苛立ち(いらだち)がつもる。


 「このままじゃ、約束の時間にたどり着けないじゃないか!」


 思わず悪態をつくかのように言葉が口から()れた。

そして、はっとして辺りを見回す。

幸いに周りには人がおらず、自分の声が人に聞かれていないことにほっとする。


 ほっとすると同時にため息がもれた。

雪が絶えず空から舞い降り、普段見える山々が雲に隠れてみえない。

顔には絶えず雪が降りかかり、頭はすでに()れている。


 さらりとした雪には(かさ)は役に立たない。

軽い雪はふわりと舞い落ちるのと同時に、緩やかな風に身をまかせ縦横無尽(じゅうおうむじん)に舞い踊る。

風でいくらでも方向を変えるため、傘をあざ笑うかのように、顔に、体に降り注ぐ。


 「憧れのあの()とのデート初日が、よりによって大雪注意報なんて・・。」


 ぼそりと呟いた。

その時、口が開くのをまっていたかのように雪が口に入り込む。

その冷たさに苦い顔をした。


 ふと見ると自転車に乗った人がこちらに向かってくる。

タイヤを雪に(とら)れ緩やかに軌道をふらつかせていた。


 いくら雪国の人でも、雪の日にチャリに乗るなんて・・・


 そう思いながら青年は、ため息をついた。

青年は今住んでいるこの市での生まれではない。

この市から70Km程離れた市の出身である。


 青年の生まれ育ったところは、同じ県内ではあるがあまり雪は降らない。

だが標高が高いせいか路面の凍結の多い地域でスケートが盛んだ。

だから、この市のように雪に見舞われることになれていなかった。

そのため雪の中でも平気(?)で、チャリに乗る人の気持ちがわからない。


 怖くはないのだろうか?


 たぶん出かけたときは雪が降っていなかったのだろう。

それが帰り道かどうかは分からないが雪に遭遇したのであろうとは思う。

だが、天気予報を見れば大雪注意報が出ているのだ。

雪が降ることくらい分かっていたはずだ。

そしてこの雪を見たら、チャリを置いてバスなり電車なり利用すればいいのにと思う。

やはり、この市の人の考えることはわからない、と、改めて思った。


 こんな日にチャリに乗る人の気持ち、分からないよな~。

もし分かるとしたら、どうすればいいんだろうか?

人の心理を探るとしたら・・、心理学か・・・?


 そういえば心理学で、育った場所の川の流れが気性に影響するというのがあった気がする。

激流の地域では気性が荒く、海に近いゆったりとした川の環境では穏やかな性格だという。

本当だろうか、と、昔、思ったものだ。

どこで育とうと、短気の者は短気で、けんかっ早い人はけんかっ早いと思う。

翼は学生時代の一時期、心理学に興味を持った事があった。

だが、ユングやフライトなど著名な本を読んだことはない。

書店で立ち読みしたことがあるが、ちらりと見て難しそうなので興味をなくしたのである。

だが比較分かりやすいものには目を通したし、労務心理学という授業で覚えたものもある。

労務心理学は一般教養でさらりと学んだだけで、うわべだけの知識となっただけではあるが・・。

心理学でクレッチマーの体型による性格判断というものがあった。

これには納得できた。たまたま友人などをみていて、なるほど、と、思ったのである。

そのように、とりとめのないことを思い出しては考え歩いていた。

雪が降る中を歩いているという現実逃避のため、何か考えていたかったのである。


 この青年の名前は本田(ほんだ) (つばさ)

23歳。

彼らの世代からすれば、ちょっと古風な名前である。

大学を卒業して、長野県長野市にある会社で勤め始めたばかりである。


 そんな彼がなぜ今日がデートの日になったかというと、彼にとっては奇跡が訪れたのである。


 すこし前のことであった。

会社で新年会が開かれたのである。

その会で同期の女の子と意気投合し、流れでデートをすることになった。

そのデートが今日であった。初デートである。

その初デートが大雪注意報の日となったという、宝くじも真っ青な当選確率である。

まあ、なんというか・・・、ご愁傷様という他はない。


 ちなみにデートの相手は、(さかき) ユリ 23歳。

美人である。

新入社員の歓迎会で初めて挨拶した時、緊張で手が震えた。

そのくらいの美人であった。

彼女は総務部で翼は技術部、あまり接点はなく新入社員の歓迎会以降あまり話すことはなかった。

それがまさか新年会で自分と意気投合するなどと考えてもいなかった人である。


 なのに、である。

年末ジャンボ宝くじを当てたかのようなデートを得たというのに大雪である。

これ如何(いか)に?

神様の嫉妬(しっと)、はてまた悪魔の所行(しょぎょう)か! と、怒鳴りたくなるのも無理はない。


 このような時、普通はデートを別の日にという選択()もある。

だが、大雪注意報が出たからと言って、予報通りに大雪になるとは限らない。


 それに、何よりも彼女に会いたい!

あの、花が咲き誇るような笑顔を見たい!

彼女の、あの、心地よい声を聞きたい!


 つまり彼女に何が何でも会いたいという気持ちが強かったのである。

健全なる発情である。

これは生物として生まれた限り、あがらえない本能である、たぶん・・。


 それに、もし、デートの延期を申し出た場合の不安があった。

新年会で意気投合した勢いで、デートを申し込んで受け入れられた状態である。

時間が()つと気が変わり、何かと理由をつけて断られるのではないかという不安があった。


 そう、彼はシャイなのである。

別名、チキンハートとも言う。

ん? 違うか? まあ、ささいな事は気にしないでおこう。


 言い遅れたが彼のことを紹介しておこう。

勤めている会社は県内では大手会社で給与はよい。

ブラック企業ではないが、エンジニアである。

つまり察しの良い人はわかるであろう。

そういう事である。


 そして顔は、良い。

十人中七人くらいは美男子だというレベルである。

身長は男として程良い。

高すぎず低からず・・・

まぁ、いいかえると平均という事である。

そして体重も、これまた平均的である。


 性格は温厚で優しい。

ある意味、彼氏募集中の女性にとっては対象候補にしてもよい優良物件であろう。


 だが、優しいという言い方には二面性がある。

争うのが嫌い。

人に嫌われたくない。

人によく思われたい。

そういう面の裏返しともいえる。


 だが、彼は本当に人と接するとき相手を気遣う心優しい青年であった。

まぁ、当然?・・喧嘩はしたことがなく、おそらく弱いかもしれない。

いや、弱いのである。


 彼についての説明は、くらいで止めておこう。

良いことをあげようと思えば、上げられない事はない。

悪いことをあげようと思えば、いくらでも言えるのである。

人とはそのような者なのである。ね?


 さて、そこで疑問がわかないだろうか?


 そう、大雪注意報が出ていて、今、まさに雪がシンシンと降り始めているのである。

だったらデートの相手の意向を携帯で聞くべきである。

相手がまだ家から出かけていないなら、中止にするのがジェントルマンというものだ。


 ・・・じぇんとるまん・・、う~ん、日本人には似合わない言葉である。

それより大和男児たるもの、女性を大事にせよ! という声に出さず実行する方がシックリとくる。

だが、残念ながら今はそのような大和男児は存在しないのである。

大和男児とは、過去の遺物?

天然記念物?

絶滅危惧種のEXランク?

まあ、そのようなものである。


 さて、もし自分がジェントルマンだと思っている若者よ・・

ジェントルマンとはどういう人種であろうか?

西洋風に女性のために率先してドアを開ける?

座るときに、女性の椅子を引いたりする?

そうか、やっているのか・・。

でも、たぶん似合わないと思うぞ、私は。

もし似合ったらプレイボーイだろうね、完全に。

それに西洋では、この行為、レディーファーストというまやかし行為で、女性に何もさせないで女性らしくしろ、というように受け取られかねない、とか。

それが、本当かどうかは知らないけど。

なにせ私は日本人なのだから。


 おっと、いけない・・

話しがそれてしまった。


 このような日、デートの相手を気遣い、携帯でどうしたいか聞くだろうという事であるが・・。

翼の頭の中に、今、そのような余裕はない。

時間になんとか間に合わせようと、雪の中を行軍するという事で頭がいっぱい、手一杯なのである。

残念ではあるが、女性とのつきあいの少ない彼にとっては致し方ないのである。


 それというのも工業高校、工業大学という環境で、中学以来女性とは縁がない。

まわりは男どもばかり。

友人は彼女をつくるより、パソコンオタク、ドライブ命、男の友情以外などない、という(やから)ばかりである。

そういう友人の中、つまり俗に言うガラパゴスの中で生活していたのであるから。


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