ハイスペック女子が怒っている。
宇宙時代。その台頭が始まってから、100年が過ぎていた。地球は、アンドロメダ地方支部所属の郊外都市。そして、学校は究極の“共学”となった。
「なぁ、俺って……モテると思う?」
宇宙生命体のエイデンは、人類の咲良の頭上で、そう言う。
「頭の上で話すな」
彼女はすたすたと登校中。彼を軽くあしらう。
「咲良!」
「ん?」
咲良はくるっと振り返る。宙に浮くエイデンが邪魔で、彼女の顔は隠れる。
「テスト勉強、手伝って!」
親友のイザベラは、咲良に頼み込む。
「うん、いいよ」
彼女は笑顔で承諾した。
「わーい」
イザベラは咲良に抱きついた。すると、遠くのとりまきたちは、彼女を見ていた。
「さすが資格女王」
「頭いい」
「確か去年、弁護士資格も取ったんだろ?」
「資格総ナメ」
「ホント、ハイスペック女子だよなぁ」
キーンコーンカーンコーン、と予鈴が鳴った。
「あ! 急げ!」
「で?」
咲良は席に座り、頬杖をつく。
クラスはざわざわと、ざわついていた。いつも通り、皆、友達や仲間と会話をしていた。
「俺、告白したい!」
エイデンは、そう咲良へ告げる。
じぃぃぃっと彼女はエイデンを見た。
「誰に?」
「あ! そうだった!」
エイデンは焦る。そして、ちらっと横目で相手を見た。咲良はエイデンの目線の先を見る。
「あ。ソフィー?」
「おはよー」
「おはよ」
ソフィーは笑顔で手を振る。
「遅かったね、大丈夫?」
ソフィーと彼女の友達は会話を続ける。一方、エイデンはぽっと顔を赤くする。
――なるほど、あの子か。
「なぁ」
「?」
「その」
「?」
「お前の家の“科学力”使わせてくれ!」
「!」
咲良は目を大きくして驚く。
「あるんだろ!? 生物学部!」
エイデンは彼女に詰め寄った。
「え、まぁ、研究所だからね」
「だろ!」
「でも」
「?」
「君の期待している、その“遺伝子再構築”の技術は、今の段階ではまだマウス実験中。だから、……死亡していいの?」
咲良はきっぱりと言う。
「え!? 人体実験!?」
その夜。
「本当にいいのか?」
咲良は確認する。
「あぁ」
エイデンはそれに頷く。
「じいちゃんにも立ち会ってもらうけど?」
「分かった」
「今回は、エイデン君、あなたの希望により、この人体実験を行います」
咲良の祖父、正一が再確認。
「はい」
「同意書にもサインをもらいましたので、今から行いたいと思います」
「はい、お願いします」
――わざわざ、人類になりたいだなんて、な。あいつも本気だな。
「さぁ、入ってください」
エイデンは正一の指示に従う。
「説明は以上です。心の準備は大丈夫ですか?」
「はい」
エイデンは正一にそう返事をする。
「では、始めます。3、2、1、……開始」
機器が動き出した。咲良と正一はガラス張りの中を見つめる。
ヒュウ、と機器が出力を落とす。そして、機器のドアが開いた。
「咲良、ありがとう」
エイデンは機器から出てくると、そう言って、はにかんだ。
「ま、がんばれよ」
咲良も彼に微笑み返した。
翌日。予鈴が鳴る。
人々がざわざわざわと話していた。
「あの男子、誰かなー?」
「ちょっとイケメンじゃない?」
「転入生?」
女子たちは彼の見た目の良さに会話が止まない。
「あ」
エイデンは咲良に気付く。
「咲良ぁ!」
彼は、ぱぁっと笑顔になり、咲良に手を振った。
――あいつ、意外とイケメンだな。
咲良は少し、困惑した。
「どうしたんだよぉ」
一方、エイデンはきょとんとしていた。
「もしかして、エイデン君?」
二人は振り返る。すると、そこにはエイデンの思い人、ソフィーがいた。
――ひぇぇぇ!
エイデンはムンクの叫びのように驚いていた。
「ソフィーさん、よく分かったね」
咲良は少し驚いていた。
「声がそうだったから」
ソフィーは、にこっと微笑む。
――さすがだ!
咲良は感嘆。エイデンはムンク。ひぇぇぇ! と、まだ混乱中。
すると、咲良はガシッとエイデンの肩を掴む。
「お前、前回男子2位だったよねぇ」
咲良の怖い笑顔が見えた。
「え、え、え、何がですかぁ!?」
怖がるエイデン。
「そうなの? 頭いいんですね」
ソフィーは笑顔。
「テ」
「テストだよ」
咲良は笑顔で答える。
――ひぇぇぇ! 確かに、そうだけどぉ!
エイデンは再び混乱。
「そういえば、入学式以来、あまり話す機会なかったね。あ、私、今日から友達と図書室でテスト勉強始めるんだけど、一緒に来る?」
ソフィーは爽やかに言う。一方、エイデンはフリーズ。
「え」
「男子1位の大翔君は、ちょっと変わってるし」
ソフィーは苦笑する。
「あぁ。あの」
「美形ナルシスト」
「もう、咲良さん、きっぱり言わないで」
ソフィーは困ったように言った。すると、予鈴が鳴った。
「あ。予鈴なっちゃった。じゃあね」
ソフィーは、タタタタタッと教室へ向かって走っていった。
「……」
エイデンは顔を赤くして立ち尽くした。
「良かったね」
咲良は横目でエイデンに微笑む。
「ありがとう」
彼は俯いて、顔が赤いのを必死に隠していた。
放課後。
――放課後が、来てしまった!
エイデンは内心、動揺する。
「もう、告白して来いよ」
咲良はばっさり、と言う。
「出来るかぁ!」
エイデンはムンクの叫び再び。
「あ」
エイデンは何かを思いつく。
「?」
咲良はけげんそうに彼を見る。
「心理学で、応援して?」
「なぜ」
咲良は真顔で聞く。
「だって」
「?」
「だって」
「?」
「ハイスペックだろぉ!」
「はぁ!? 心理学の博士号は持ってねぇよ!」
咲良は怒った。すると。
……。
二人はある事に気付く。そして、振り返る。
「仲いいんだね?」
ソフィーが笑顔で立っていた。
――ひぇぇぇ!
エイデンはムンクの叫び、再来。
「ごめん。違うから」
咲良は真顔で答える。
「そうなの? てっきり」
「ま、親友だ」
咲良はエイデンと肩を組み、変な敬礼をする。
――冷静に答えてるぅ!
エイデン、混乱中。
すると、ソフィーはくすっ、と微笑む。
「咲良も一緒にしよ? テスト勉強」
すると、どこからともなく、笑い声が聞こえて来た。
「ハハハハハッ! そんなんで勝てるのか? 咲良!」
皆は笑い声の主の方へ向く。すると、そこには美形ナルシストと言われていた、大翔の姿があった。彼はテストで校内一位である。
「うるせっ!」
咲良は即座にかばんをぶつける。
「いてっ!」
大翔は少し吹っ飛ぶ。
「仲いいわね」
「ホント、そう思う」
クラスの女子たちが呆れ顔でそのやり取りを見ていた。
「?」
一方、ソフィーはきょとんと、それを見ていた。
「お前も負けてるだろ」
咲良は仁王立ちで言い放つ。
「数学だけだろ!」
大翔は起き上がる。
「理系をなめんな」
「俺も、理系だ!」
大翔は咲良の言葉に振り回される。
「咲良、先行くね?」
ソフィーたちが遠くから声をかけた。
「分かった。エイデンに聞きまくればいいから」
咲良は変な敬礼をして答える。
「じゃ、待ってる」
一行がそう言うと、ドアが閉まった。
「さて」
咲良は自分のカバンを持つ。
――こっそり、偵察に。
「待て」
大翔は咲良を引き留める。
「ん?」
彼女は振り返る。
「俺も手伝う」
彼は少し頬を染めて言う。
「ふぅん。じゃ」
「何でだよ!」
彼は焦る。
「だって、美形ナルシストだから、目立つ」
咲良はぴしゃりと言う。
「な、何!?」
「じゃ」
咲良は敬礼をして、去って行った。
「おもしろそうだったのに……」
大翔はその場にうなだれた。
エイデンはソフィーとその女子友達とで図書室へ向かっていた。すると、第一女子軍団がエイデンへ話しかけようとしていた。
「ん?」
エイデンはそれに気付いて、振り返ってしまった。
「私たちも図書室へご一緒してもいいですか?」
第一女子軍団の女子が不安そうに尋ねる。
「うん、いいよ」
エイデンはにっこりと笑顔で答えた。
すると、遠くから、咲良がそれを見ていた。
――はぁ!? みんなに優しくしてんじゃねぇ! ソフィーだけに優しくしろぉ!
ゴォォォと怒りのオーラが上がる。
――他の女子が来るとは! イケメンにしすぎたな、顔。
咲良は怒っていた。
「ありがとう」
第一女子軍団の女子は笑顔でお礼を言う。
「ソフィーさん、よろしくね?」
「うん」
ソフィーも笑顔で答える。
――って、ある意味、すごい事に。
「へぇー、女子仲良さそうじゃん」
……。
「何!? 何でいるんだよ!」
咲良は振り返り、怒る。
「だって、楽しそうだったから」
彼、大翔はしょぼくれて、語尾が小さくなる。
――ったく!
すると、再び、エイデンの方へ向いたのはいいが、彼らは忽然といない。
――見失ったぁ!
「仕方ない、直接、図書室へ行こう」
「よし。俺も行く」
「お前は来なくてよし」
咲良はそう言うと、タタタタッと走って行った。
――校門で結果、待ってみようかな。
大翔は諦めて、校門へと向かった。
図書室前。咲良はそこから、図書室の中の様子をうかがっていた。
――大丈夫かな、あいつ。
「ねぇねぇ、エイデン君」
女子の一人がエイデンへ話しかける。
「何?」
彼はノートから顔を上げた。
「ちょっと、気になる事が」
彼女はニコッと微笑んで言う。
「?」
「さっきは、詳しく聞けなかったんだけど、エイデン君は、咲良さんの事、どう思ってるの?」
その女子は首をかしげ、きょとんと聞く。
「え?」
「だって、今回の人類になれたのだって、咲良さんのおかげなんでしょ?」
「確かに、朝の時点ではさらっとスルーしちゃったけど、人類になるって、すごい技術だよね」
「いつも思ってたんだけど、エイデン君って、咲良さんに甘えてるよね」
「そうそう、お似合いだと思う」
第一女子軍団は目を輝かせて言う。
「……」
ソフィーはエイデンを見ている。
「あ……、え」
彼は言葉に詰まった。
――何!? 早く否定しろよ!
咲良は廊下でイライラしていた。
――本気でソフィーさんの事が! だから、人類にまでなったんだろうが!
「……」
――何で、黙るんだよ! いい加減何か答えないと!
彼女のイライラがつのる。
「実は俺、咲良に頼んだんだ」
「?」
「ソフィーさんに告白したいって。それで人類に」
「え!? そうだったの!?」
「ごめんっ! 私たち勝手に」
女子たちは手を合わせて謝る。
「エイデン君、でも私……」
ソフィーが言いかける。しかし。
「最後まで聞いて?」
「え?」
「俺、ソフィーさんに憧れています。でも、今、気付いた。俺の中の咲良の割合が何より一番占めている事に」
「ひゅー!」
「いいぞー! 行って来いよ!」
図書室にいた男子たちがあおる。
「男子、うるせぇよ!」
「それは、ともかく。さっさと告ってこい!」
女子たちは笑顔で彼を送り出す。すると、図書室のドアが開いた。
「!?」
エイデンは振り返る。
「咲良!?」
「なーにーやってんだー!」
咲良は大激怒。
「だから、告白したよ? ソフィーさんに」
エイデンは言い訳を説明し出す。
「あぁ!?」
「昨日、言ったよ? ソフィーさんに告白したいって」
「だーかーらー……!」
咲良のイライラは高まる。
「今までとは、違うニュアンスで想ってますって!」
エイデンは笑顔で言い放つ。すると、咲良は黙る。
「……」
「ん?」
エイデンは黙った咲良の様子が怖くて、少し焦り出す。
「このやろぉ!」
すると、エイデンは咲良にドカンとカバンで吹き飛ばされた。
「な、何だ!?」
それは校門の大翔の所まで聞こえた。
――おいおい、怒ってどうすんだよ。
大翔は少し呆れながら、図書室の窓を見つめた。