一人、プレゼントが届く。
下記のサイトに投稿したものを修正・改変したものです。
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見慣れない部屋で目を覚まし、引っ越したことを思い出した。耳障りなアラームを止めて、体を起こす。真新しい部屋は、段ボールに占拠されたまま。次の非番はいつだったか思い出しながら、朝の準備に取り掛かる。昔から朝に弱いので、この時間に何をしたのか覚えていないことのほうが多い。
しかし玄関が見えた瞬間、今日の俺は完全に目を覚ました。郵便受けに茶封筒が突っ込んである。差出人不明、そもそも封筒には何も書いてない、あからさまな不審物。警戒心を募らせながら、慎重に開く。中に入っていたのは、写真とコピー用紙。何かの捜査資料みたいだと思ったら、目下捜査中の案件。しかも警察がまだ辿り着いてない情報ばかり、どころか『犯人』と『証拠』の在処まで書いてある。緊張と疑念で混乱する頭を搔きむしっていると、一つの心当たりに行き当たった。
「いや、たのんでねぇよ。」
これからの予定を頭の中で組み立てながら、ひとりごつ。仕事は早めに切り上げて、いつもの場所に行くことを決めた。
*
まだ西日が眩しい時間、雑居ビルの間を縫うように進んだ先。地下への階段を下り、冷えた空気が漂う場所にある喫茶店。早足で階段を降り、冷たいドアノブに手をかけた。
「いらっしゃいませ。」
静かに迎えてくれたマスターに会釈し、いつもの席へ向かう。カウンターの一番端では、既に『先客』がコーヒーを飲んでいた。そいつの隣が、俺の定位置。
「こんばんはシュウ。お疲れ様。」
「よぉ、クロ。」
いつも通りの決まりきった挨拶に、短く返す。
クロノ・B・A・アーミテージは常に同じ格好をしている。黒いコート、黒いズボン、黒い靴、ワイシャツだけが白。薄く微笑んだ状態から動かない顔、肩で揃えられた黒髪、大きな黒目、色の薄い唇、白い肌。男にしては細いが、女にしては薄い。大人というには幼い顔立ちだが、子供というにはしっかりした言葉遣い。誰から見ても男だか女だか、年上だか年下だかわからない見た目をしている。
その「どれでもない」のが、俺に生まれて初めてできた『恋人』だった。
「アレを送ってきたのはお前、だよな?」
「進展が無いとボヤいていたから。」
「あのな……別に、暗に「協力してくれ」って言ってたわけじゃねぇよ。」
「駄目だったかい?」
「駄目だ。」
「それは悪かった。次からはしない。」
あまりにも素直にうなずかれて、面食らう。瞬き一つせず見つめてくるクロに、こういう奴だったと思い出す。どうしてもこの凝視には慣れない、落ち着かない気分を誤魔化すために姿勢を正した。
「一応、説明させてくれ。」
「うん。」
「こんなことをして貰うために、恋人になったんじゃない。いざという時、頼りたくなるような真似はやめてくれ。」
確かに、こいつにはどんな難事件も一瞬で解決できる力がある。けれど俺は、クロに一方的に頼ることはしたくない。一度、クロに縋って『最低なこと』を願った。ゆえに、二度と同じ過ちは犯さないと誓っている。こちらの都合で、クロを『利用する』ようなことをするまいと。
「お前は“あっち側”の存在だ、俺の仕事には干渉しないでくれ。人間の罪は、人間の力だけで解決しなきゃだめだ。…………人間以外の手を借りるのは、反則だと思う。」
「シュウは真面目だね。その称賛されるべきストイックさだよ。」
「そりゃどうも。」
「承知したよ。人間の法と科学で解決できる問題には手を出さない。」
「あぁ、そうしてくれ。」
ずっと俺だけを見てるクロに、冷めるぞとコーヒーを飲むよう促す。ひたすら観察されることも、そろそろ限界だった。素直に従ったクロに合わせ、俺もカウンターに向き直る。疲れた体に、淹れたてのコーヒーが染み渡る。
「あー、でも、今朝貰ったモンは素直に使わせてもらった。正直、すげー助かった。ありがとな。」
「どういたしまして。」
にっこり、クロが笑顔を作って頷いた。作り物でも、よくできた笑顔で俺は好きだと思う。
「っつーか、恋人からの初めてのプレゼントがアレって…………ロマンもクソもねぇ。」
「理解した。次は恋人として贈り物を用意しよう。」
「ねだったわけじゃねぇんだが……楽しみにしとくよ。」