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探偵と錦鯉  作者: 長村
永丘署の日常
35/35

一人、傷の自覚。

「ところで、名前なんだっけ。」

「…………はい?」

 同期の姿が見えなくなったタイミングで、後輩に問いかける。会話している間に、自力で思い出せればよかったのだが。質問された彼は、何度も瞬きを繰り返す。

「俺の名前、ですか?」

「おう。悪い、なんだっけ。」

「あの~、俺、ここに配属されて一年は経ったハズですけど。」

「だな。」

「千谷先輩と組んで仕事したのも、一回や二回ではないですよね。」

「うん。」

「それで、いま、俺は何を聞かれたんですか?」

「お前の名前。」

「えーーーー!?」

「うるさっ」

 耳をつんざくような絶叫に、反射的に後輩から距離を取った。彼は明らかにショックを受けた表情で、体をブルブル震わせている。まさか、ここまで大袈裟な反応をされるとは思っていなかった。

「事件関係者の名前を覚えるのはあんなに早いのに!?」

「それは仕事だろ。」

「いやいや…………って、今の同期の方の名前は」

「あ、お前わかる?顔は覚えてたんだが、そっちも名前は出てこなくて。」

「噓でしょ!?」

 後輩は泣きそうな顔になり、体を縮こまらせてガクガクと震えを強める。怪物を前にしたかのような様子だ、そこまでのことだろうか。確かに社会人として、仕事仲間の名前はちゃんと把握しておくべきだったかもしれない。仕事でしか会わないと軽く考えていたが、改める必要がある。

 俺は後輩に謝りつつ、震える体を宥め続けた。



 以上のできごとを、俺はいつものようにクロに話す。いつものように、黙って話を聞き終えたクロの見解を待った。

「シュウが今まで人間関係を“構築しない”ように徹底してきた弊害だろう。これは僕も想定できていなかったな。」

「そうか…………俺自身、おかしいとも思ってなかったし。」

 今日の出来事で、俺の認識がどれほど周囲と隔絶しているか思い知った。想像以上のそれに肩を落とすと、クロの手がそっと添えられる。

「自覚症状の有無は大きい。これから注意していけば周りとの差も埋められるさ。」

「だと、いいけどな…………」

「大丈夫。現状は環境が改善されているのだから。」

 よしよしと肩を撫でられると、落ち込んだ気分が回復してきた。それどころか妙に嬉しくなって、クロの手に自分の手を重ねて握る。

「…………ありがとな。」

「僕は何も。感謝はその後輩にしたまえ。ちゃんと名前を教えてくれたんだろ?」

「だな。」


 心の深い傷がひとつ、治り始めたように思えた。


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