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探偵と錦鯉  作者: 長村
永丘署の日常
34/35

一人、職場にて

 永丘(エイキュウ)警察署、もとい現在の配属先にて。

 俺は同僚たち共々、自分のデスクで大量の書類と向き合っていた。


 先日、一応の『終決』を迎えた龍潜山行方不明事件。その後始末で、警察全体がてんやわんやだ。被害者が主に観光客、県外から来た人間も居たことが大きい。身元の調査、遺族への連絡、遺体の輸送…………それらの手続き等々。いつもの事務担当者だけでは人手が足らず、部署関係なく書類仕事を手伝わされた。そんなわけで、俺も必死にボールペンを走らせている。ひたすら机に向かう作業、これがなかなか辛い。捜査で街を歩き回るのとは別の、デスクワーク特有の苦しみを嫌と言うほど味あわされていた。普段はやらない仕事なだけに、予想以上にしんどい。

「先輩、大丈夫ですか?」

「あ、おう。」

 隣で同じように書類を片付けていた後輩が、不意に声をかけてきた。傍目から見てもわかるほど、疲労が顔に表れていたらしい。咄嗟に返事をしたが、思うように声が出なかった。それを聞いて、後輩は心配そうに眉を寄せる。

「ただでさえ人相が悪いのに、更に悪くなってますよ。少し休憩してきて下さい。」

「あー…………もうちょい、キリがいいとこになったらな。」

 失礼なことを言われた気がするが、構う余裕も無い。後でコーヒーでも買いに行こうと考えつつ、改めて机に向き直る。

「千谷くん、久しぶり。」

「……おー。」

 作業の再開を中断させたのは、他署に勤めている筈の同期だった。交流は多くないが、女性の少ない職場なので印象には残っている。

「なんでコッチに?」

「被害者の中に、うちの管轄の市民もいてね。」

 説明するまでもなく、俺たちをデスクに縛り付けている行方不明事件の話だ。彼女も今回の事件で、あちこち駆け回る羽目になっているらしい。どの署も大変だなと思っていると、後輩が呟く。

「先輩に彼女ができたって、マジだったんすね。」

「えっ」

「ん?」

 同期と俺の反応は、ほぼ同時だった。この反応に違和感を感じたのか、後輩は「あれ」と首を傾げる。

「お二人が付き合ってるんじゃないんですか?」

「えぇ!?」

「違うけど。」

「違うんですか!?」

 大袈裟に驚く彼に、俺と同期は顔を見合わせた。彼女は目を見開き、何と言って良いのかわからず困惑している。一人で騒いでいる後輩の腕を掴み、強めに揺さぶった。

「なんでそんな話になったんだ?」

「だって…………最近、先輩が変わったってみんな言ってますよ。」

 初耳である。

 しかし同時にクロの顔が脳裏に浮かび、心当たりにハッとする。何と言うべきか迷い言葉を詰まらせた俺に、後輩はあれこれ語り出した。

「食堂でちゃんと飯食うようになったとか、仮眠室でちゃんと寝るようになったとか?」

「…………そんなこと?」

「先輩に関しては大事ですよ!ほら、先輩って、何してても表情変わらないじゃないですか。死体見てる時と飯食ってる時の顔が一緒っていうか?でもって基本「はい」しか言わないし、仕事早いのに残業するし、休憩しないし、非番の日に仮眠室から出てきたりするし。署長とか課長達、みんな心配してたんですよ。」

「労働基準法違反?」

「そういうことじゃなくて!!心配!心配してたんですよ!!」

「千谷くん、警察学校の時から変わってなかったのね。」

 同期がため息とともに、大袈裟に肩を竦める。呆れているのを隠そうともしない、遠慮のないジェスチャー。こんな形で注目されているとは知らなかったので、内心で頭を抱える。自分では、目立たないように働いていたつもりだったが。

「で、そしたら最近『変わった』から、みんな「女だ」って…………」

「なんでだよ。」

 なにゆえ世間では、他人の変化で真っ先に連想されるのが『異性の存在』なのだろう。甚だ疑問だが、今回は『当たらずとも遠からず』と言わざるを得ない。

「まぁ…………“恋人”ができたのは、その通りだが。」

「そうなの!?」

「マジすか。」

 俺の言葉に、同期の方が大袈裟な声を上げる。彼女は以前の俺の態度を知っている分、驚きが大きいようだ。常に他人との間に壁を作っていたのだから、無理もない。

 クロに助けられて、俺は自由になった。常に見張られていると考える必要がなくなって、気が楽になった。親の存在を気にしなくてよくなり、自分の部屋に帰りやすくなった。他者を突き放す必要がなくなって、人と話しやすくなった。

 考えてみれば、第三者から「目に見えて変わった」と言われるのも仕方ない。今の今まで気付かなかったことに、気恥ずかしくなる。

「どんな人なんですか?」

「あー、うーん…………年上。」

 そもそも“人”じゃないのだが、言うとややこしくなるので適当に返す。だが咄嗟に上手い嘘を思い付くこともできないので、それっぽい言葉選びをするのが精々だ。

「へ~……それから?」

「物知りで、冷静なやつだよ。」

「先輩はインテリ系がタイプだったんですね。」

「どうだろうな…………」

 何か違うような気もする言い方だが、面倒なので流す。

「どっちから告ったんですか?」

「それは俺。」

 これに関しては、誤魔化す必要もあるまい。素直に答えると、後輩は目をキラキラさせる。同期は黙っているものの、意外そうなのが顔に出ていた。

「結婚は考えてるんですか?」

 考えてもいなかった話に、一瞬体が固まる。とりあえず「まだ、付き合ったばっかりだし」と答えながら、思考を巡らせた。

 結婚以前に、人間の法律の適応外だ。などと考えながらも、同時に「そういうことじゃない」とも思う。告白した夜の、クロから言われた「君の一生を見守るつもり」という言葉を思い出す。


「死ぬまで一緒に居て欲しいとは、思ってるよ。」


「ヒュー!!」

 俺の言葉に、なぜか後輩が両手を上げて喜びだした。何でコイツが嬉しそうなんだ、わからん。

「千谷くんって、意外と情熱的だったのね。」

「そうかぁ?」

 同期の言葉に俺は首を傾げるが、女性目線から『情熱的』に見えるならそうなのだろうか。クロから見たら、どうなのだろう。次に会った時、覚えていたら聞いてみるか。

「いい土産話もできたし、私はそろそろ行くわね。」

「おう、お疲れ。」

「お疲れ様でーす。」

 去っていく同期の背中を見送りながら、俺はカウンターでコーヒーを飲むクロの姿を思い出していた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 上から目線で大変失礼ながらも伝えたいと思ったので記述します。人の情緒の描写は上手いと思いました。クロとの出会いでシュウの長く続いた禍根を断ち切ることができ、その後の二人の関係も自然で、何気な…
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