邪神、その食後。
視界が開いた時、そこにはカズラさんが一人で立っているだけ。泉の湖面が僅かに揺れているものの、先ほど感じた“気配”も龍泉院満花の姿も既に無い。口元を拭いながら、カズラさんは「……ふぅ」と沈黙を破る。
「二郎系ラーメンってカンジでしたね、流石は山一つ覆う呪詛を振りまいていただけあります。量も質も、文句なしの絶品。ゆっくり味わえなかったのは、残念ですけど。噛み千切られたら痛いでしょうから、丸呑みするしかないなって。」
淡々と感想を述べ、苦笑いでこちらに振り返った。
「龍泉院満花が痛い思いをする必要は、無いですから。」
どこか悲し気にカズラさんは湖へ向き直り、両手を合わせる。
「ごちそうさまでした。」
それは彼女なりの、追悼の言葉だった。
*
煮え切らない後日談。
龍潜山の各地から、行方不明者の遺体が次々に発見された。呪いが消えたおかげで神主一家のことも認識され、自宅にて全員の遺体が見つかる。そこから龍泉院神社にも捜査が入り、彼らが行っていた暗い因習も明らかになった。言うまでも無く地下洞窟も捜査の対象となり、湖の中からも死体が引き上げられた。水中で腐りきっていた遺体は、旅行雑誌のライターだったとのこと。観光地の取材をするうちに、あの湖に辿り着いたのだと思われる。
事態の深刻さ、異常さから全国的なニュースになった。
このまま神社が取り壊されるのではと心配したものの、どうやら「神社そのものは残すべき」との声も少なくないらしい。しばらく『解体派』と『保全派』が争うのだろうが、これに関してはどうしようもない。カズラさんも「人間が人間の話し合いで決めることなので」と、首を横に振っていたし。
「龍潜山も龍泉院神社もこの土地の大切な場所だ。神主の一族が途絶えたところですぐに寂れたりしないだろう。」
いつもの喫茶店。
クロの語りに、その通りになるだろうと俺も頷く。
「そういえば、あの日記の…………」
「龍泉院満花の名前が読めたのはカズラだったからだろうね。」
質問を全て言い切る前に、先回りで答えが返された。日記を見つけたのが彼女だったのは、ある意味「運命」だったのだろうか。俺だったら認識阻害で読めなかった筈だし、クロは情報を淡々と処理するだけだっただろう。アレを読んで、心の底から怒りをあらわにできたのは、三人の中で彼女だけ。
「性的搾取に対する同調は女性同士の方が強いだろうしね。」
あの時の使い魔たちの動きは、主の感情に反応していたから。思い出しながら、結局は何もできなかったなと少し落ち込む。
「警察官になって、家庭内暴力やら児童虐待やら飽きるほど見てきたのによ…………取り乱してばっかで、情けなかったな。」
「そんなことはない。宗教的な思想が混じってくるとまた理解し難くなるから。」
クロが優しげに、首を左右に振った。まあ、事件の捜査には俺も参加しているし、今回の失態は仕事で取り返していくとする。
カランカランと、店のドアが開く音がする。ああ、そうだ、忘れるところだった。
「シュウさん!お疲れ様でーす!」
「カズラちゃんも、授業お疲れ。」
俺に、新しい『友人』ができた。
年下の可愛らしい、恐ろしくも頼りになる『友人』が。
この報告をもって、今回の事件は終わりにしよう。




