邪神、探索する。
俺とクロで廊下の右手側、カズラさんが左手側の部屋を調査していくこととなった。
「一人で大丈夫か?」
「はい、何かあっても私には対抗手段がありますから。千谷さんこそ、クロノさんから離れないよう気を付けて。」
「そりゃ、勿論。」
カズラさんが泉に面した側へ行くので心配したが、余計なお世話だったらしい。彼女は肩を竦めて、躊躇いなく歩いて行ってしまった。この場で一番無力な俺の心配など、おこがましいだけか。
最も階段に近い部屋の襖は、古く傷んではいたが難なく開いた。中には本棚がズラリと並び、隙間なく本が敷き詰められている。
「書庫か。」
「全部調べるってワケには、いかないよな。」
「アタリは付けるよ。」
スタスタと迷いなく奥に進むクロを追いかけながら、懐中電灯を持ち上げ辺りを照らす。流れるように本棚の間を歩いていたかと思えば、不意に「この辺りかな。」と足を止めた。
「頻繁に読まれた形跡がある。」
「あ……確かに、埃がないな。」
クロの手が触れた本はパッと見でわかるほど、周りに比べて埃が積もっていない。そのまま一冊抜き取って、パラパラとめくり始める。残念ながら、素人の俺には『古い本』であることしか分からなかった。
「歴史書、ってやつか?」
「うん。でもコレに書いてあることは既に説明した内容と変わらないな。」
言いながら、クロは手早く別の本と取り換える。本を取る、めくる、戻す。その作業を何度か繰り返した後、ピタリと手が止まった。
「初代神主は龍神と人の間に生まれた者。」
「ん?」
「その半神の血族が代々泉を守っている。」
本の一節が読み上げられたと、すぐに気付けなかった。気付いて、理解して、頭の中で整理するのに何秒かを要する。
「えーっと……つまり、さっきの女の子は、神主一家の子供?さっきお前“先祖返り”がどうこう言ってたよな。」
「そう。コレで断言できる。」
手に持った本はそのままに、クロは大きく頷いた。最初は「可能性」と言っていたのが、今ので「確定」したのか。ふと、頭の中に違和感が生まれる。
あれ、神主の名前とか、調べておかなかったっけ、俺。
「…………あ、れ?」
「シュウ?」
此処に来る前、下調べは何もしてない────はずが、無い。だって、先に、一家と連絡が取れていないと聞いていた。だから、自力で集められる情報には目を通したのだ。その中で、許される範囲で、神主の情報も確認した、そのはず、なのに。
「なんで、おれ、思い、出せない」
確かに知っている筈のことが思い出せない、それだけで胃が締め上げられるような感覚。服の上から胸を押さえる。頭の混乱が心臓に伝わり、鼓動が早まっていく。合わせて呼吸が浅くなり、視界が霞む。
「シュウ!!」
バシッと音がするぐらい、強めに顔を挟まれた。目の前にクロの顔があり、真っ直ぐ俺の顔を見つめている。
「落ち着いて。深呼吸して。」
「クロ、おれ、ちゃんとしらべたのに」
「わかるよシュウ。大丈夫だよシュウ。君は何も悪くない。何も間違っていない。君はおかしくない。」
温度の無い手が頬から肩へ下り、優しく撫でられる。それに合わせるように、ゆっくり呼吸を整える。落ち着け、落ち着け…………そう自分に言い聞かせた。
「認識を阻害されている。神主一家の現状を誰も気にしていない時点で君にも“それ”が『不可能』になっていたんだ。相手が上手過ぎただけ。いいね?」
「……………あぁ、わかった。」
説明されている間に、呼吸はなんとか落ち着いた。わかりやすく理由を言われれば「それもそうか」と納得できる。
「ふぅ…………悪かった、取り乱して。」
「記憶は精神に直結するから仕方ないさ。僕も気が回っていなかった。」
俺の背中を摩りながら、クロがにっこりと笑顔を作る。つられて頬が緩む頃には、頭から混乱は消えていた。
俺が回復したのを確認し、クロは話を戻す。
「先程の“彼女”が先祖返りで強い神通力を持っている事実が確定した。現状の人々への影響を顧みると神と同等のことが出来ると言って良い。」
「山に入った人間を死なせることも、記憶や認識を操作することも、造作ないってか。」
「うん。そしてもう一つ予想がある。」
「なんだ?」
「現在は認識阻害によって確認手段が無いから仮説に過ぎないけど。」
「恐らく────彼女に戸籍は存在しない。」