邪神、乗り込む。
結局のところ、社務所からは有用な情報を得られなかった。外へ出て境内をくまなく調べるも、収穫無し。
しいて言うなら、生きた虫の一匹もいなかったこと。山の中なのだから、小バエぐらい飛んでいる筈なのに。建物の影、石畳の隙間、雑草の中──どこを除いても、既に息絶えた生物しかいない。その雑草ですら、瑞々しさを失っている。
誰もいないどころではなく、何もいなかった。
「なんだかんだ、本殿に行くしかないみたいだな。」
前情報を得られなかったのは不安だが、見つからないものはどうしようもない。このままでは日が暮れる、俺の言葉にクロとカズラさんも頷いた。
「余計な遠回りをさせてごめんね。」
「いえいえ。状況からすれば、当然の提案でしたよ。」
カズラさんの言う通り、クロの提案は合理的だったと思う。無策で真っ直ぐ行くよりは、手がかりを探しながら行く方が安全に違いない。今回は異常の原因を見つけられなかったものの、クロが謝る道理は無いのだ。
まず本殿を外から確認してみたものの、正面から入る他に道は無さそうである。
「土足で上がるのは気が引けるが……。」
「言ってる場合じゃないですからねぇ。バチを当てられるもんなら当ててみやがれ、です。なんなら、お賽銭を入れてから行きます?二礼拍手一礼して。」
「余裕だな。」
「このご時世、ナメられたら終わりですので。」
さすがはヌシ、強気だ。むしろ人間相手より、神相手の方が強気な感じがする。ノリが軽いとも言えるが、敢えて軽薄な態度を取っているようだ。一つの縄張りの主として、必要な在り方なのか。
「ま、お参りしとくのは悪くは無いかもな。」
「相手の警戒を緩めるという点では無駄と言えないね。相手と呼べる“何か”が居ればの話だけど。」
冗談を返しただけのつもりが、クロから本気の言葉が出た。本当にポケットから五円玉を取り出すものだから、俺はカズラさんと顔を見合わせてしまう。予想外の流れに驚きつつも、俺達も自分の財布を取り出した。
「十円玉しかねぇ。」
「私は五十円玉でいきます。」
「せーの。」
クロの掛け声に合わせて、三人同時にお賽銭を投げ入れる。仲良く一緒に鈴を鳴らし、姿勢よく横並びに社へ向かい合う。今度は掛け声が無かったものの、不思議と拍手の音は揃っていた。
「────よし!」
最後の深いお辞儀の後、カズラさんが気合の入った声と共に頭を上げる。俺たちは賽銭箱の横をすり抜け、本殿の中へと乗り込んだ。
「あれ?鍵、かかってないですね…………」
建付けは悪いものの、ガタガタと音を立てながら襖が開く。あまり広くはない畳張りの屋内、真っ先に目に入るのが細長い机で作られた祭壇。その向こう側に、注連縄のかかった木の扉があった。
「あの扉は?」
「あの奥に、信仰対象の泉があります。」
「……ん?本殿の後ろに泉も通路も無かったぞ?」
「地下にあるんですよ、洞窟の中。ですので、扉を開けると地下に続く階段があるはずです。」
「地底湖、だったのか…………。」
地元の観光地のことを、もっと勉強しておくべきだったか。俺の言葉に少し呆れたらしく、カズラさんの視線が痛い。クロが「説明不足だったね」と言ってきて、更に心が痛んだ。警戒しながら中を調べるが、祭壇と扉以外は何もない。
「明らかに瘴気の出所はココだ。」
クロが扉を指先で叩き、ハッキリと断言した。調べるまでも無く、原因は地底湖にしかないということ。
「観光客どころか、そもそも神職者以外は立ち入り禁止なんですけど…………気にしてる場合じゃ、ないですよねぇ。」
自分で「いまさら」だと笑いながら、カズラさんが扉に向き直る。彼女は一呼吸置くと、躊躇いなく注連縄を引き千切った。
…………引き千切った!?
「そんな乱暴な!!」
「宣戦布告です。」
「カズラは好戦的だね。」
先程のお参りで緩めた警戒が、今ので無駄になった気がしてならない。戦慄する俺など眼中に無いようで、カズラさんはさっさと扉に手をかける。
「行きますよ?御用改めである、とか言ってみたりして!」
扉を開けると同時に、冷たい空気が全身に浴びせられた。真っ暗な空間へと、長い階段が続いている。
飲み込まれそうな暗黒を前に、カズラさんは不敵に笑っていた。