邪神、納得する。
ぽかん。
効果音が聞こえそうなほど、カズラさんは唖然としていた。
「……………いやいや、そこまで言うなら、胸を張って「本気だ」って言ってくださいよ。自己評価、低すぎですか?…………はぁ。」
長い沈黙の後に彼女が絞り出したのは、心の底から呆れた声。自己評価が低いのだろうか、俺は。思っていることを正直に言っただけだが、窮地は免れたらしい。
とはいえ。
「……口に出した時点で、言い訳にしかならないだろ?」
わかってますアピール、誠実さの演出、口八丁。そうやって罰から逃れようとしてきた人間を、何人と見てきた。俺が彼らと違うかどうか、自分じゃわからない。寧ろ、第三者から突き付けられる最低の評価こそが『俺』だとすら思う。結局、信じるかどうかは受け手次第なのだ。
だから、今言ったことの全てが“そう”受け止められる覚悟もしていた。
「私、そんなにひねくれてません。」
カズラさんは拗ねたように頬を膨らませてから、大袈裟なため息を吐く。少し苛立っているが、先程のような殺気は鳴りを潜めていた。
「………………概ね、どういう人生を送ってきたかは察しました。クロノさんに聞いた情報ではなく、貴方自身が何を感じて生きていたのか。」
そして、今度は俺が頭を下げられる。
「責めるようなことを言って、ごめんなさい。千谷さんならきっと、大丈夫です。」
「何が?」
「クロノさんの恋人として信用できる、ってことですよ。」
頭を上げた彼女は、穏やかに微笑んでいた。
「終わったかい?」
「「うわ!!」」
見計らったかのように、クロがひょっこり現れる。いや、実際に見計らっていた。
「聞いてたんですかぁ!?」
「流石に恋人を他者に丸投げするつもりはなかったさ。」
最初から全部聞いていた、ということか。いざという時は、俺を守るつもりだったんだろう。まあ、その“いざ”が起きずに済んだに越したことはない。
「社務所の書類関係は一通り確認したが新しい情報は見つからなかった。精々『職員が消えた時と行方不明事件の発生が同時期』と確認できたぐらい。」
調査も並行していた、抜かりない。
話は終わった、俺たちも調査を再開しよう。
「待って。」
しかし、動き出そうとした瞬間に制止の声。
「カズラは更衣室を見てきて。」
「えっ」
「休憩室は僕とシュウで調べておく。」
いつも通りの表情で、いつも通りの単調さでクロは言う。いや、心なしか少し早口になっている気が、しないでもない。
「僕もシュウと“二人っきり”になりたいな。」
その言葉に、カズラさんは肩を竦めて姿勢を正した。
「あ~…………はいはい、彼氏さん借りちゃってすみませんでした。」
「ううん。気にしなくていいよ。」
「でもあんまり長々とイチャつかないでくださいねっ!!」
「承知したよ。」
どこか焦ったように言いながら、カズラさんはさっさと更衣室へ向かってしまう。呆然としている間に、クロが俺のそばへ寄る。
「シュウ。」
「なん…………うわっ」
理解が追い付く間もなく、俺はクロに抱き締められていた。頭を引き寄せられるように、首に腕を回されている。そして、あやすように頭を撫でられた。
「こってり絞られてしまったね。」
「別に絞られてはいねぇけどよ。」
なだめられている。背中もポンポンと叩かれて、恋人というより子ども扱いだ。けど緊張していたのは本当で、次第に肩の力が抜けてくる。俺はできる限り優しく、クロを抱き返した。相変わらず、体温は無い。しかし確かに存在する感触に、ホッと息をつく。
「ありがとな、最初から見ててくれたんだろ。」
「うん。よほどのことがあれば仲介するつもりだった。」
「そうか。」
「シュウ。」
「うん?」
「君は自分で思っているほど悪人ではないよ。」
「…………、…………………どうだかな。」
残念ながら、素直に頷くことはできなかった。
人殺しは、悪人ではないのだろうか。
クロに人殺しをさせた俺は、本当に悪人ではないのだろうか。
本当に悪人ではないのなら、地獄の底で“蜘蛛の糸”を掴まないのではないだろうか。
自分自身のために、他者の手を汚させた、千谷秋翠は。
(俺は、最低の悪人だよ、クロ。)