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探偵と錦鯉  作者: 長村
邪龍呪殺事件
23/35

邪神、訴えを聞く。

「すみません、わかりません。」

 俺は素直に頭を下げた。


 腰を直角に曲げる、社会人の完璧な謝罪姿勢──に、対し。

「えっ……えええええええええええ!!?!?」

 カズラさんの声が境内に響き渡った。当然である。自分でも思った、この答えはどうなのかと。しかし、無理やり頭を下げさせられたり身に覚えの無い罪を自白させられたりした経験を踏まえると、自分の意志で言葉を紡げるほど有難い話はない。

「いやいやいやちょ、待っ、そこは嘘でも誇張でも虚勢でも強気で「当然だ!」ぐらいの返事をしてくれないと話が進まないんですけど!?」

「助けて貰えた勢いで告白したと言われたら正直否定のしようがない。」

「えっ、ほ、ほんと、素直過ぎですか??」

 頭を下げたままの俺に、カズラさんは明らかに混乱している。だがやり始めたからには、後に引くわけにはいかない。腰を曲げたまま謝罪を連ねる程度、足蹴にされながら謝るのに比べたら朝飯前である。

 尋問ではあっても拷問ではない。

 たったそれだけでどれほど話しやすいことか!

「本当、確かに助けてくれたのが“たまたま”クロだったってだけで、別の誰かが助けてくれたらそいつと付き合っていた可能性が無きにしも非ずというか、でもその“たまたま”を“運命”って言い換えればクロだからこそってことに…………すみませんなるわけないですねカッコつけましたごめんなさい。気持ち悪いことを言いました。あなたの言う通りです。」

「そ、そんなアッサリと」

「吊り橋効果ってやつかな……なんだっけ…………吊り橋を渡ってると飛び降りたくなる、みたいな…………あれ?」

「全然違います!!」


 閑話休題。


「…………悪かった、話が逸れた。」

「い、いえ……。」

 どうやら俺は、自分で思っていたより焦っていたらしい。無様な姿を晒したことを反省して、深呼吸して、頭の中を整理する。自分が殺されるぐらい何だ、自己が生かされないよりマシだ────なんて、変な覚悟を決めていた。良くなかった、本当によくなかった。折角、好きな人と恋人同士になれたばかりなのに。クロがいたら、もっと生に執着するよう諭されただろう。

 改めて姿勢を正し、呼吸を整える。

 今度こそ、ちゃんと自分の『本気』を伝えるために。

「クロのことは初めて話した時から好きだったよ。」

 助けられたから、好きになったワケじゃない。助けてくれたのがクロじゃなくても、俺の初恋はクロノ・B・A・アーミテージだ。彼女がいた事もあるのに「初恋」と言うのはおかしい……かもしれないが、あんなもんじゃ無いのだ。これが『初めての恋』だと、断言できてしまう。

 でも。

「明確に手を差し伸べられなければ、告白まではしなかったと思う。」

 もし、あの後、別の誰かに助けられたとしていても。

 解決したからといって、クロに告白していたかと聞かれれば怪しい。かと言って、独り身を貫ける覚悟も無かったろう。その“別の誰か”と恋仲になっていた可能性を、否定できない。どころか、抱えていた問題とは全然関係ない人間と結婚していたかも。

 恋人に名乗り上げたキッカケが、差し伸べられた手であることに間違いはない。

「だとしても、助けてくれたのは、クロなんだ。」

 初恋の相手が、俺を「助けたい。」と言葉にして、実行してくれた。人殺しの代行なんて、最低なお願いを聞いてくれた。初めて好きになった相手が、俺の悪意を肯定し、請け負ってくれた。

 これほど信じられない現実が、あり得るだろうか。

────代わりにアイツを殺してくれ。

 アレは突き放すための言葉だった、それなのに。

────わかった。

────君が求めるなら僕はできるよ。

「そんな、頷かれたら、さ……。」

 あの瞬間、俺は陥落した。

 ずっと、暗い地の底にいる心地で生きてきた。うんと高いところに見える明るい場所には、手を伸ばしても届かない。這い上がろうとすれば、いつも何かに邪魔される。だから早々に諦めて、羨んで見上げるだけにした。いつしか、見上げることすらしなくなった。

 そこに垂らされた救い、俺にとっての蜘蛛の糸。

 諦めた“つもり”でしかなかったのを、思い知らされた。諦めたフリをして、我慢し続けるだけは限界だった。限界すら、とっくの昔に超えていた。本音ではどんなに卑怯な手を使っても、明るい場所に行きたかった。

 他でもないクロから、手を指し伸ばされた。

 他の誰でもない、初恋の相手から。


 淡い初恋で終わるはずだったモノが、燃えるような激情に変わった。


 きっと、俺の知らないところで、もっと色々な人間を助けてきたのだろう。ついさっき、カズラさんもクロに助けられたと言っていた。

────人間から恋人になりたいと言われたのは初めてだ。

 そんなの、言われなかっただけで、好意を抱かれたことはあるんじゃないか。きっと俺の知らないところで、繰り返してきたんだ。これからも、誰かを助けて、誰かに好意を抱かれていくのだ。そう考えた瞬間、腸が煮えくり返った。明確な嫉妬。愚かにも、妄想だけで嫉妬に狂いそうになった。

 だから声を上げた。

 声を上げて、訴えた。



────俺と恋人になって欲しい。



「本気の“つもり”か否か、断言はできない。」


「ただ、クロのことが好きだって言い切ることしかできない。」


「今の俺に言えるのは、クロが好きで、恋人になりたいぐらい好きで、」


「アイツと恋人になれて、すっげー浮かれているってことだけだ。」



 初恋は報われないと、まことしやかに囁かれる世の中で。

 これ以上、幸福な話は無いのだから。


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