邪神、追及する。
細長い石段の先にある境内は、意外にも小ぢんまりとしていた。とてもじゃないが、全国を騒がす事件の元凶とは思えないほどに。しかし人気の観光地には間違いなく、寂れた印象は全くない。毎日きちんと手入れがされているのが、パッと見回しただけでわかった。
しかし、誰もいない。
参拝客もいなければ、社務所すら当然のように無人。平日であることを考慮しても、人の気配が“無さ過ぎ”る。
「シュウ。可能な限り僕から離れないで。人間が生きられる空気じゃない。」
言いながら、俺を庇うようにクロが体を寄せてきた。既に『加護』とやらを貰っているものの、ただの人間が危険なことに変わりないらしい。呼ばれて同行してきたが、まともな戦力にはなれないだろう。
「どこから調べる?真っ先に本殿に乗り込むのか?」
「前情報を何も得ていないのは危険だ。社務所の中なら日報ぐらいあるかもしれない。」
「ここでお祓いをしてもらった誰かがキッカケ、って可能性もありそうですしね。」
「手っ取り早く『本殿が荒らされた』なんて記録でもあれば、わかりやすいのにな。」
口に出してはみたが、だったらこうなる前に被害届が出されているのでは、とも思った。結局“あちら側”に関しては素人、専門家に任せて大人しくしていよう。そう己に言い聞かせて、俺は二人の後に続いた。
だが当然、社務所の出入り口には鍵が掛かっている。逆を言えば、勤務中に職員が死んだ可能性が低いとも言えるが。
「他に入れそうな場所は……」
「お任せください。緊急事態ですから、手っ取り早くぶっ壊しちゃいます。」
「えっ」
聞き返すより早く、鈍い金属音と共にドアが開いた。何も見えなかったが、恐らくカズラさんの“手足”がやったのだろう。あのスライム状の生物が、どうやって鍵を壊したのかは知る由もない。
「古い建物ですから、老朽化でみんな納得しますよ…………たぶん。」
「えぇぇ……」
会った時から思っていたが、ちょくちょく荒っぽいなこの子。人間の頃からなのか、ヌシに必要な精神性だったのかは分からない。まぁ状況が状況なので、クロも注意することなく黙っている。なら、必要以上に突っ込むべきでは無いだろう。
社務所の中は受付から通路を挟んで、休憩所、事務所、更衣室が並んでいる。それほど大きな建物ではないため、それぞれの部屋も狭そうだ。
「固まって動くと逆に不効率だね。シュウ────」
「じゃあ千谷さんのことは私が見ておきますから、クロノさんは事務所のほうを調べてみてください。」
「えっ?」
「────。」
カズラさんが、クロの言葉を遮るように提案しだした。驚いて彼女を見る俺と同じく、クロも目を見開く。っていうか、さっきから俺は「え」しか言ってなくないか。
「文書関係はクロノさんが読んだ方が早いでしょうし、その間に私たちで他の手がかりを探しておきます。役割分担としては、そっちのほうが効率的ですよね?」
こちらの反応を意に介さず、カズラさんは話を進める。立て板に水の様に話す彼女の、意図が分からない。クロは少しの間、黙ってカズラさんを見つめていた。
「────いいよ。」
「ちょ、」
「適材適所だよシュウ。彼女から離れないようにね。」
「……わ、わかった。」
クロまで賛成してしまえば、一人で文句を言うのも憚られる。俺はカズラさんと一緒に、休憩室を調べることになった。
「…………………。」
……いや、意図は分からなくとも、察しはつく。
厳密な理由は読めなくても、何をしたいのかはわかる。
「……クロがいないところで、俺に何を聞きたい?」
「察しが良くて助かります。」
「惰性とはいえ、警察官やってるんでな…………」
たぶん、クロもわかっていてカズラさんの意を汲んだのだろう。わかった上で、必要だと判断したのだ。アイツがそう判断したなら、俺にとっても彼女にとっても必要な事のはず。それが、クロノ・B・A・アーミテージという存在。
カズラさんは「単刀直入に」と、わかり易い前置きをして言った。
「クロノさんのこと、どれぐらい本気なんですか?」
「……本気?」
「お二人の関係については、クロノさんから直接聞いてます。でも、貴方からの言葉も聞いてみたくて。」
彼女が俺を見る目が、徐々に強いものになっていく。
「私は“こう”なったばかりの頃、クロノさんに助けてもらいました。」
真剣に、俺の一挙一動を逃すまいとするように。
「だから、先にクロノさんと知り合って仲良くなったのは私なのにな~、みたいな…………あ、いや、この言い方だと誤解を招きますね。別に、恋敵とかじゃないです。クロノさんのことは恩人として特別に思っていますが、恋というより『頼りになる年長者』への好意、みたいな?例えるなら、親の再婚相手に対する不信感?ってかんじで。」
カズラさん自身も言葉に迷いながら、しかし必死さを増しながら喋り進める。
「ですが、それでも、むしろ、だからこそ…………急に『恋人』の立場に座った貴方に、思うところがあります。」
「恋人に至る経緯を、簡単にですが聞きました。」
「経緯を聞いて、思ったんです。」
「あなた、助けられた“恩”を“恋”と取り違えてません?」
「助けてくれたなら、誰でもよかったんじゃないですか?」
「本当に、クロノさん“だから”好きになったんですか?」
「教えてください。」
「千谷さんは、クロノさんのこと『本気』なんですか?」
ああ、これは。
答えを間違えたら死ぬやつだ、と。
誰にでも理解できる、単純明快な窮地に立った。