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探偵と錦鯉  作者: 長村
邪龍呪殺事件
21/35

邪神、現地へ行く。

 新聞、テレビ、ネットニュース。

「今日までで14人……か。」

 自力で集められる情報には目を通したものの、どの媒体からも似たり寄ったりの内容しか読み取れなかった。一連の騒ぎによって、登山客はゼロに近いらしい。

「無理もないか。」

 これ以上、文字列だけを追っても仕方ない。

 下調べは早々に切り上げ、出かける準備に入った。



 自分の車にクロとカズラさんを乗せ、龍泉院神社へ向かう。道中、クロが神社についての説明をしてくれた。

「土地が“龍の潜む山”と書くことに対して神社は“龍の泉”と書く。これは祀られているのが“泉”だから。龍が住む泉こそが龍泉院神社の信仰対象なんだ。」

「龍が潜む山の奥にある泉、そこが龍神の寝床だった……って伝説なんだとか。」

「読みが同じなのに漢字が違うのは、そういう理由か。」

 ややこしい名前だと思っていたが、ちゃんとした理由があったようだ。当然かと納得したところで、遠くに鈍い赤色が映った。

「見えてきたぞ。」

 神社に向かう道筋で、道を跨ぐように鳥居が建っている。俺の声掛けに、カズラさんは姿勢を正した。整備された道路に鎮座する鳥居、現実感が薄れるような景色。それ自体は昔からあったものの筈なのに、何故か体が強張ってくる。

 道路にかかった大きな鳥居を潜った、その瞬間。


「止めて。」


「は」

 クロが、語気を強めて言った。

 バックミラーから様子を窺うと、カズラさんの顔には冷や汗が滲んでいる。俺は素直に、道路脇へ車を停めた。

「どうした?」

「ここまで瘴気が来ている。ただの人間には害になるほどの。」

「鳥居を潜ったとはいえ、まだ距離があるのに…………」

 カズラさんが、自分の胸元をギュッと掴む。どうやら、想像以上に状況の悪化が進んでいるらしい。ただの人間には害になる、つまり危険なのは俺か。

「どうすればいい?」

「少し待っていて。瘴気を弾く加護を君に掛ける。」

 後部座席から手を伸ばし、クロが俺の肩に触れた。少し強めに握られただけで、何をどうされているのか全く分からない。呪文でも唱えるかと思っていたが、クロは肩を掴んだまま黙りこくっている。邪魔になるかもしれない、つられて俺も黙り込んだ。

「────終わったよ。出して。」

「お、おう……ありがとう。えっと……その、どうなったんだ?」

「毒素が蔓延する地でガスマスクをつけたのと変わらない。難しく考えなくていいよ。」

 つまり、何かしらの対策をしなければならない状態ということ。車を発進させつつ、ことの深刻さに俺は息を飲んだ。

「観光客が行方不明になったのは、その瘴気ってやつのせいか。」

「本格的に、生存者の可能性が無くなってきましたね…………」

 カズラさんは「ガリッ」と音が聞こえそうなほど唇を噛み、血を滲ませる。対応の遅れを痛感している、取り繕えないほどの悔しさが表れていた。かける言葉が見つからず、黙って運転に専念する。クロも、何も言わなかった。



「これは…………確かに、おかしいよな……」

 龍泉院神社の駐車場には、一台も車が停まっていなかった。当然と言えば当然かもしれないが、明らかにおかしい。神社の管理者がいるとすれば、その人の車はどこにある?

「…………神主の住居は、徒歩圏内にあるのか?」

「いえ、そんなに遠くはないですが、車を使っていた筈……です。」

「関係者専用の駐車場がある、ってわけでもなさそうだしな。」

 ここまでの道のりを思い出しても、それらしいものを見た記憶はない。見える範囲で確認した限りでは、他に車を停められるような場所は無さそうだ。

「先に、神主の家に行くべきだったか?」

「いいや。職員に連絡が取れない現象を誰も観測できない以上は無駄だ。」

「原因を解決するのが先で間違いない、みたいですね。」

 断言したクロに、カズラさんも同意する。関係者の異変を誰も感知できないなら、俺たちも神主に会えない可能性が高い。となれば、既に死体になっていたとしても、見つけることが叶わない。確かに、二人の言う通りである。

 細長い石段の上を見上げると、神聖な場とは不釣り合いな禍々しさを感じた。素人目にもわかる黒々とした何かに、体が芯から凍り付いたように錯覚する。


 足元に転がる白蛇の亡骸に、気付くことはできなかった。


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