邪神、依頼する。
「ホウライ町で起きている行方不明事件はご存知ですね。」
「そりゃ、ウチの管轄内だからな。」
永丘市蓬來町。
山に囲まれた温泉地、県外からの観光客も多い名所。しかし一週間ほど前から、周辺の山々で行方不明者が続出している。その殆どが登山者であることから、遭難の可能性が高い。だが短期間に連続している為、ただの遭難ではないと騒がれていた。既にテレビでは『原因不明の登山者連続失踪事件』と言われ、専門家たちが日夜議論している。原因や共通点などの手掛かりが無い以上、救助隊も虱潰しに探す以外なく頭を抱えていた。
「つまり“そっち側”の案件ってことか。」
「はい……普段から縄張りの隅々に“手足”を張り巡らして、中の状況を全て把握できるようにしているんですが…………事件の現場が、ほとんど“見えない”んです。」
どぷり。
カズラさんの足元から、真っ黒い液体が滲み出た。それはスライムのように粘り気を持ち、重力に逆らってのたうつ。何もなかった筈の場所から唐突に現れた“生き物”に、本能から体が強張った。見ているだけで謎の不安感を煽り、背筋を凍らせてくる何か。
「────ッ!?」
「すみません、驚かせて。私の“使い魔”みたいな……もの、です。」
俺の動揺があからさまだったのか、カズラさんは申し訳なさそうに“手足”を引っ込める。突然だったとはいえ、情けない姿を晒してしまった。
「今の子たちを地面伝いに張り巡らしているのですが……蓬來町を囲む山の一つ、龍潜山から最も強い拒絶反応を喰らいました。」
「原因としては、いかにもって場所だな。」
龍潜山には歴史のある神社──龍泉院神社があり、観光名所の一つになっている。その名の通り、龍が潜むと言い伝えられる山。超常現象が起きているとなれば、これ以上疑わしいところはない。
「前から龍潜山は上手く見えませんでしたが、古い神様が居ることもあってスルーしていたんです。それがまさか、こんなに見えない範囲が広がるなんて。」
「急にコトが大きくなり出したんだな。」
「はい、何か予兆が有れば気付けたと思うんですけど…………」
「うーん…………てか、そもそも神様とヌシって別物扱いなのか?」
今更だが、認識の違いを正すべく俺は質問する。さっきカズラさんが「神様」を否定したのは、彼女個人の問題だと思っていたが。ここまで話を聞いた限りだと、そもそも「神」が土地を管理しているワケではなさそうだ。
「神は信仰さえ得られれば人間に干渉しないよ。カズラは神の力を使えるけど立場は妖怪に近い。」
俺の疑問に、クロが淡々と答えた。次にカズラさんが「別物です別物」と、語気を強めて語る。
「会議室で踊ってるだけのお偉いさんとは違って、私はちゃんと現場で仕事を進ませる側なんです。」
社会人として「上司からの理不尽」の経験はあるので、分かりやすい例えである。神様よりワンランク下、という認識でいいのだろうか。胸を張るカズラちゃんの口調からは、やはり『神様』嫌いが透けて見えた。
「なるほどな…………悪かった、中断させて。」
「いえいえ。」
「で、本来なら人間に不干渉の神が原因かもしれない……ってことでいいのか?」
「はい…………そこから本格的に原因を探ろうと神社に“手足”を突っ込んだら、何匹か“蒸発”しまして。」
「蒸発?」
「他になんて表現すればいいのかわかんなくて……とにかく、一瞬にして手足を弾き飛ばされたんです。加えて最初の行方不明者が出た頃から、龍泉院神社への一切の連絡が断ち切られました。タダでさえ見え辛かった龍潜山の内情が、全く分からなくなって…………」
「………は?ちょっと待ってくれ。神社と連絡が取れないなんて話、署でも聞いてないぞ。」
ニュースでもそんな話は出てなかったし、警察内の情報にも無い。真っ先に、そして最も取り沙汰されて然るべき内容なのに。身を乗り出した俺に、カズラさんは深く頷く。
「最も不可解な点がそこなんです。電話をかけても繋がらない、ホームページから送ったメールが返ってこない……何より、その事実が噂にもなっていない。明らかに、おかしい。」
いよいよ、ただの怪奇現象では済まされなくなってきた。カズラさんは一度、長いため息を吐いてから続きを語る。
「このままですと、最悪“山ごと食う”しかなくなります。」
「…………は?」
やまごとくう?
「ヌシではあっても神様ではありませんから、最終的には暴力に訴えるしかできないんです。」
「できるのか、そんなこと。」
「むしろそれ“しか”できません。食欲だけは人一倍……もとい、あやかし一倍ありますが、裏を返せば『食べることしか能の無い』支配者。綺麗さっぱり元通りってワケにはいきません。」
「事件現場を更地にして無かったことにしようという話になってしまうね。」
「ものすごい力技だな…………」
権力者が事故車両を廃棄して、自分の起こした事故を隠ぺいする……みたいな話だ。人間の理性が残っているカズラさんには、気が進まなくて当然だろう。
「大切な観光地ですし、ちゃんと原因を調査した上で対応しないと。だから一緒に来ていただけないか、クロさんに『依頼』したんです。」
「加えて、法律上の事件の可能性を踏まえての俺か。」
「はい。人間がキッカケで神が暴走した可能性もあります。」
進入禁止区域に入った若者たちが、何かの封印を解いてしまったとか。
神社に悪戯した人間が、神様の怒りを買ったとか。
「犯人が生きていて、不法侵入やら器物損壊で罰せるなら罰するべき……か。」
「ご理解が早くて助かります。」
カズラさんはホッとしたように微笑んだ。
「死体しかなかったとしても、対応するのが刑事さんなら都合がいいですし。」
「それもそうだな。」
要するに、人間側の後始末担当というわけか。クロは完全に人外だし、カズラさんは人間としてもまだ20歳の学生。だとすれば、人間側の方に準ずる現職の刑事が呼ばれるのも納得がいく。
今回は現場調査の日取りを決めて、解散。