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探偵と錦鯉  作者: 長村
邪龍呪殺事件
19/35

邪神、現る。

新キャラ登場です。


 珍しく、クロから日時を指定された。


 非番の予定を聞かれ、午前中にいつもの店へ来るようにと。約束せずともほぼ毎日会っているので、かなり驚いた。事情を聞いても、簡潔に「手伝って欲しいことがある」の一言だけ。俺にペット探しの心得は無いし、特別な能力も持たない。ただの人間に何を手伝わせようというのか?店に行く道を、何度も首を傾げながら歩いた。

「いらっしゃいませ。」

「どうも。……………ん?」

 入店してすぐ、俺はその場で立ち竦んだ。


 カウンターに座る先客は、クロじゃなかった。


 明るい髪色をした二十代ぐらいの女の子が、両手でマグカップを持っている。嗅ぎなれない甘い香りが、店内を微かに漂っていた。間もなく、丸っこい目と視線がかち合う。

「千谷秋翠さん?」

 名指しされ、思わずたじろぐ。

「なんで、」

「揃っているね。」

「うわ!」

 真後ろからの声に、みっともなく驚いてしまった。振り返れば、いつも通りのクロがいる。全く気配を感じないのは、やはり彼がヒトでないからなのか。

「待たせてしまったかな。」

「いや、俺は今来たばっかりで」

「私は授業終わりに時間が空いただけですから~。」

 どうやら、彼女はクロの知り合いらしい。状況を確認する間もなく、いつもと違う席へ導かれる。その後を、女の子がマグカップ片手についてきた。

「マスター。奥の席を借りるよ。」

「はい、どうぞごゆっくり。」

 あれよあれよという間に、一番奥のボックス席へ連れていかれた。



「はじめまして、靫筒葛です。」

 話は、女の子の自己紹介から始まった。この街で一人暮らしをする美大生で、見た目通り二十歳になったばかりとのこと。姿勢の良さと綺麗な所作が、育ちの良さを表している。

「えっと……斎藤、さん?」

「あ、漢字で書くと他の人と違うんですけど。」

 丁寧に、彼女は手帳に名前を書き出してくれた。


 苗字は革に叉でサイ、筒でトウ。

 下の名前は、葛と書いてカズラ。


サイトウ カズラ


 珍しい文字列に感心していると、クロが淡々と語り出す。

「彼女が以前話した“縄張りの主”だよ。」

「…………え?!」

 言葉の意味を理解した途端、冗談抜きで椅子から転げ落ちそうになった。

 猫の事件の時、クロの口から出た“彼女”────俺のために、クロが『あの女』を殺す許可を取った相手。この街の、人外の管理者。

 それが、一見どこにでもいる女子大生とは思うまい。

「そ、その節はどうも……?」

 驚いた俺がやっとの思いで絞り出したのは、何とも拙いお礼。彼女が許可を出してくれなければ、クロの対応もまた違ったという話だったから。俺が今こうして自分の人生を得られたのは、カズラさんの助力もあってのこと。明確な『恩人』である。

 クロに話を聞いた時から、いずれお礼を言わなければと思っていた。

「いえいえ、こちらこそ!人間の法律で解決できないことは私の管轄なのに、助けることができなくてごめんなさい。私ってば、女の子ばかり贔屓しちゃっていて…………寧ろ、クロノさんから言ってくれてよかったぐらい。」

「は、はあ…………そう、ですか。」

 俺のぎこちない態度に気を悪くした様子も無く、カズラさんはクスクスと笑う。

先端をゆるく丸めた髪、パステルカラーのワンピース、薄手のパーカー、可愛らしいスニーカー。モデルのような美貌は、確かに稀有と言える……かもしれない。だが普通に街を歩いていても、特別目を留めるほどではない。ありふれた、年相応の女の子にしか見えない。

 まじまじと観察する俺に、カズラさんは嫌な顔ひとつせず「信じられませんよね」と苦笑した。

「仕方ないです。ついこの前まで、ただの人間でしたから。」

「そうなの?!」

「そうなのです。」

 照れ臭そうに頬を掻く様子にも、褒められた時の学生らしさしか感じない。少し悩むような仕草をした後、彼女は「話すと長くなりますが」と続ける。

「育ての親が殺されたときに、怒りのパワーで未知なる力に目覚めた、的な?」

「的な、って。」

 ヘビー級の過去を一言にまとめられ、リアクションに困る。ただの人間だったとはいえ、生い立ちには一癖も二癖もあるようだ。

「あー……えっと、そもそも“縄張り”とか“ヌシ”ってまだ残ってたんですね。とっくに廃れたものだと。」

 深入りするのは憚られるので、強引だが話題を変えることにした。

「このへんはまだまだ田舎の部類ですから、老いさらばえた害悪が残っているんですよ。略して老害。」

 おっと、意外と口が悪い。可愛い顔をして、しっかり棘のある花らしかった。そうでもなければ、魑魅魍魎の管理者などやっていられないだろう。

「私はその老害の一匹から世代交代をして、永丘市一帯を管理してます。あくまで妖怪の基準なので、人間の地図上とは少しズレますが…………主に人間への“おいた”が過ぎる怪異の後始末が“仕事”です。」

 エイキュウ市────俺が住むこの街の名前であり、俺の職場『永丘警察署』の管轄地区。駅周辺は発展しつつあるが、数分車を走らせれば田園風景のど真ん中。田舎の部類というのは、確かに否定できない。

「土地神にも世代交代があるんですね。」

「…………神様とは、また違うモノですけど。」

 ふと、カズラさんの声のトーンが落ちた。目も据わって、光を映さなくなる。唐突な変わりように口を噤むと、彼女は「ごめんなさい」と小さく言った。

「神様って呼ばれるの、嫌いなんです。百歩譲って『邪神』なら、まだ。」

 どうやら、地雷を踏んでしまったらしい。知らなかった事とはいえ、申し訳なくなる。もしかして彼女の『育ての親』を殺したのは、神様なのだろうか。そんな憶測が、頭に浮かぶ。

「僕は“邪”でも“神”は“神”だと説明したのだけれどね。旧くとも支配者の分霊だ。」

「悪いクロ、その話はもうちょっと後にしてくれ。」

 急に新しい情報を出すな、ややこしくなるから。俺の恋人は、どうやらタイミングをあまり気にしない付喪神らしい。しかし、おかげでカズラさんに笑顔が戻った。俺たちのやりとりが面白かったのか、肩を震わせている。

「すみません!私の我儘のせいで。でも、本当はヌシとかになるつもりなかったんです。管理者の仕事は、うっかり前のヌシを食べちゃったからやらざるを得なくなっただけで。」

「世代交代じゃねぇじゃん!!」

 耐え切れず、大声でツッコんだ。

 つまり『世代交代』ではなく『強奪』及び『侵略』である。想像以上にガッツリ化け物だった。緊張からクロに視線を送るも、いつもの表情でコテンと首を傾げられるだけ。恋人としては可愛らしい仕草と言いたいが、今は何も言ってくれないほうが堪える。

「まあまあ私のことはここまでとして!本題に入らせてくださいな!」

 そのうえで雑に流された。理解が追い付かない俺としては、話が切り替わる方がありがたくはあるが。

「コトは割と急を要します。」

 カズラさんは姿勢を正し、真剣な表情を作って俺たちに向き直る。

「今回は“縄張り”で起きている異常について、相談したく参りました。」

 俺の方を見て、強めの口調で“縄張りの主”は言った。


「クロノさんだけでなく千谷さんまでお呼び立てしたのは………………死体が、見つかるかもしれないからです。」


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