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探偵と錦鯉  作者: 長村
錦鯉誘拐事件
17/35

一人、冷静になる。

 冷静になったおかげか、足はあっさり動いた。ビビっていただけなのか、情けない。慎重に水辺から距離を取って、落ち着ける場所を探す。近いところにベンチを見つけ、腰を下ろした。雨のせいで少し湿っているが、今はとにかく座りたかった。

 確か“こういうの”には、出るための法則がある。

 クロとの雑談の中に、謎の空間に閉じ込められる話もあった。人間や実社会においてルールは頻繁に破られるが、相反する“こちら側”だと不可能なことらしい。神様も、妖怪も、それ以外の“なにか”達も、法則というものに逆らえないと。人間が決めた規則は主に“秩序”を守るものだが、人外が決める規則は“存在”を守るため……らしい。自己同一性の確立、自我の存在証明。非科学的モノたちの存在を保つもので、トップランクに強力なのだとか。

 “何か”に閉じ込められた時に出る方法は、規則を“徹底的に破る”か“徹底的に守る”か。そのどちらかであり、中途半端ではいけない。


 じゃあ、今回は?


 ルールを破るべきなのか、守るべきなのか。そもそも『ルール』が何なのかすらわからない以上、迂闊に行動すべきじゃなかった。中途半端な行動を繰り返すと、逆にずぶずぶハマって出られなくなる……らしい。となると、さっきの俺が考え無しに慌てて出ようとした行為はタブー中のタブーだったのでは。

「あっちゃー…………」

 後悔と反省の念から、頭を抱えてうずくまる。クロが助け出そうとしてくれていたところで、俺が迂闊な行動をしていては意味が無い。もしかしたら、既にちょっとヤバい状況なのかもしれない。申し訳なさと、恥ずかしさと、焦燥感──同時にいろんな感情が襲ってきて、さらに身を縮こまらせる。


──ほら、秋翠。しゃんとせぇ。

──背ぇ曲げとるんは、みっともないぞ。


「────ッ!!」

 不意に、蘇ってきた祖父の声。

 そんな風に叱られたことも、確かにあった。元々性格が弱気な方だった俺は、よく祖父に背中を叩かれた。だが、現在の俺は完璧な猫背である。必死に他人と関わらない姿勢を貫いてきた人生が、体にも表れていた。また、祖父に対する罪悪感がこみ上げる。

「じーさん、ごめん。」

 背中を叩いて、手を引いてくれた人。全然言われたとおりにできなくて、望んだような生き方はできなかった。今こんなところに居るのは、罰なのかもしれない。


──コラ、目ぇ閉じててもしょうがねえやろが。

──顔上げて、ちゃんと見ぃや。

──そう。前見て、ゆっくり、順番に、だ。


「……………………あ。」

 しわくちゃの手に引っ張られながら、叱られた時の記憶。鮮烈に蘇ってきた情景に、思わず顔を上げる。

「順番に………」

 先程、自分が出たのは『出口』じゃなくて『入口』だった。この施設、そもそも入口と出口が別だ。

「そういうことなのか?」

 確証はない、でも動かずにはいられない。大きく深呼吸してから、俺は戻る。今度は走らずに、ゆっくりと『入口』に。受付に人はいないが、チケットが一枚置いてあった。少し迷って、俺は大人一人分の料金を置いてチケットを取る。姿勢を正して、顔を上げて、前をしっかり見た。そして順番に、展示物を見て回る。


 途中、自分と同じ名前の文字列に立ち止まった。


「そうだ、俺の名前………じーさんが付けてくれたんだ。」

 廃業してしまったものの、祖父はもともと錦鯉を育てていた人。写真の鯉には、背筋をなぞるかのように、綺麗に並んだ模様がある。鱗の境目が背骨を思わせ、それが湖面を泳ぐ姿はさぞ目を引くことだろう。


 背筋の美しい、しっかり者に育つように。

 背を真っ直ぐにして、胸を張って生きていけるように。



『秋翠』



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