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探偵と錦鯉  作者: 長村
錦鯉誘拐事件
16/35

一人、混乱する。

 走りながら頭も働かせて、ここまでの詳細な記憶を脳内で辿る。

 猫と人の行方不明事件から、それほど日数は経っていない。事故の名目で事後処理をして、ようやくゆっくり休める日を確保。その折にふと思い立って、俺はクロを遠出に誘った。

「じーさんの墓参りに、ついてきてくれねぇか?」

 実家を避け続けたことによる、唯一の心残り。たった一人、家族として信用していた人への挨拶。地元を避ける理由は無くなり、もう心置きなく行けるのだった。そこに思い至るまで時間を要したことが、小さな罪悪感になる。

「いいよ。」

 クロは二つ返事で頷いた。理由も聞かず、都合も言わず、アッサリ。俺の“事情”を知っているから、当然と言えば当然。しかし、少し拍子抜けしてしまった俺である。クロには人間が持つ『好奇心』や、それによる『失言』が無い。話せば話すほど、クロへの認識を改めさせられる。

 当日も、クロは何も言わずに車の助手席に乗った。俺が生まれた町まで、車で数十分。その道中に、例の『遺体』や『特別枠』について聞いたのだ。クロからは話しかけられなかったので、俺から一方的に。正直、質問したところで有耶無耶にされた感覚は否めない。けれど、クロは「語ることが危険か否か」の線引きを強固にしている。故に、語らないことを無理に聞き出すこともできなかった。


 そして、祖父へ挨拶を終えた帰り。

 俺が唐突に「寄りたい場所がある」と言うも、クロは躊躇わず「いいよ」と頷いた。

 そして、来たのがこの施設。


 これまでの経緯は、ハッキリ思い出せた。そう広い施設ではないので、思い出す間に出口に辿り着く。少し緊張しながらドアに手をかけると、アッサリ開いたので拍子抜けした。ホッとしながら、勢いよく外へ飛び出る。

 すると、日本庭園の中にいた。

「…………は?」

 今度はすぐに、施設の“中”にいることを理解できた。しかし、理解できると同時に全身を冷たい空気が駆け抜ける。出ていない、出れていない、理解できてしまう。異常な現象に鼓動は早まり、呼吸が浅くなる。焦るな、焦るな……そう自分に言い聞かせて、あたりを見回す。庭園に造られた川の中を、錦鯉たちが自由気ままに泳いでいた。川のせせらぎに誘われるように、何の気無しに近寄る。今度はもう、一斉に集られることはなかった。しかし、明らかに視線を感じる。

 恐る恐る覗き込むと、円形の瞳と目が合った。

「────ッ!!」

 一匹だけじゃない、二匹、三匹、何匹も。

 泳ぐ鯉達の全てが、俺を見ている。すれ違いざまに何度も視線をよこしながら、また逆走して俺の前を通る。水の中へ誘っているような、早く来いと言っているような動き。背筋はゾッと凍り付いて、危険だと本能から理解できる。なのに、足は動かない。反射的に川から飛び退こうとした、つもりだった。実際は一歩も動けておらず、俺の体は川のすぐ前にある。何故だろう、どうしてだろう。俺は彼らに、何かしてしまっただろうか。

 ここにはずっと昔、祖父に連れられて来た。厳しくて頑固で古臭くて、でも尊敬できる人だった。大好きな、たった一人の家族。実家を出て、過去から気を逸らすばかりの毎日の中……祖父のことを忘れそうなのが、怖かった。微かにしか思い出せない記憶を、少しでも補完したかった。唐突に寄り道したのは、こういう理由。

 直前まで墓参りだけで帰るつもりだったけど、今日この日に、クロと来たかった。別の日にするとか、冷静になることもできずに。過去を振り返るのが恐ろしくてたまらないから、クロに支えていてほしくて。今日じゃなくてもよかった筈なのに、今日しかないと直感した。

 そうだ、クロはどうしているだろう?

 俺のことを“探して”いるだろうか。

 今こうしている間にも、俺を“助ける”ために孤軍奮闘しているかもしれない。


 クロのことを思っていたら、少し冷静になってきた。ぽつぽつと降り注ぐ小雨に、体温だけでなく冷静さも奪われている。大丈夫、不安になることなんて何もない。

 自分に言い聞かせ、俺は両頬を叩いた。



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