表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵と錦鯉  作者: 長村
錦鯉誘拐事件
15/35

一人、迷い込む。


「結局、アレは何だったんだ?」

「アレ?」

「見つかった遺体だよ。」

「気にしないほうがいい。」

「…………お前が説明しないってことは、踏み込むな、ってことでいいんだな。」

「うん。」

「じゃあ『特別枠』ってのは?お前も仕事でやってるんだから、そうポンポンとタダ働きするわけにはいかないだろ。」

「金銭的余裕は無いけど助けが必要──そういう『誰か』に渡る名刺をバラ撒いてあるんだ。」

「名刺?」

「今回は淳平君の手元にそれが渡った。だから僕は無償で彼の相談を聞いた。」

「ふーん……便利なもんがあるんだな…………」





 気が付くと知らない場所にいた。


「…………は?」

 突然の場面転換に、体中が警報を鳴らす。混乱する頭と早まる鼓動を落ち着かせるべく、一度深く深呼吸。状況を整理するため、記憶を辿ることに専念した。自分の名前、生年月日、職業…………全て、ちゃんと思い出せる。自分のことがちゃんとわかるだけで、少し安心した。それに準じて、ここに来る前の記憶も徐々に蘇ってきた。呼吸を整えながら、俺は今日なにをしていたのか思い出す。


 今日は初めて、俺からクロを「行きたい場所がある」と誘った。残念ながら恋人同士のデートらしい場所ではなく、俺個人が過去の憂いを払うための遠出である。しかし、クロは快く「いいよ」と頷き、ついてきてくれた。帰り道に俺が「寄りたい場所がある」って言ったところで、記憶が途切れている。


 バシャバシャと水の跳ねる音に、俺は顔を上げた。


 目に映ったのは、円形に作られた人工の池。その中で、色とりどりの錦鯉がひしめいていた。大量の鯉は窮屈そうに体をぶつけあい、ビチビチと音を立てる。水の跳ねる音、鯉の体がぶつかり合う音、それらが不気味に合わさって謎の不安感を煽ってくる。

 池は十分な広さがあるのに、どうして彼らは身を寄せ合っているのか。疑問に思うと同時に、瞼の無い目が全て俺に向いていることに気付く。口をパクパクさせて、食い物を強請っていることを理解するまで秒とかからない。

 餌を我先にと求める群衆が、言い表せない恐ろしさを醸し出していた。

 当然、俺は彼らに与えられるものなど持ってない。一歩後退った俺に対し、バシャバシャとした音が大きくなって背筋が凍る。鯉が池から出られる筈もないのに、一歩でも遠くに行かなければという衝動にかられた。


 そう、ここは、錦鯉を観察できる施設だった。

 俺の実家にほど近いところにあって、懐かしくなって寄ったのだ。


 だがこの状況はおかしい。

 周りには観光客どころか、職員の姿も無い。そもそも、鯉が餌も持たぬ人間に反応していた覚えはない。

「クロ!!」

 咄嗟に、こういう現象に詳しいはずの恋人の名を叫ぶ。返事は無い、はぐれたか。いいや、この施設ははぐれるほど広くない。分断された、と言うべきか。


 動かないのは危険な気がして、俺は人工池に背を向けて走り出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ