一人と一冊、話し合いと終わり。
喫茶店へ向けて、大通りから細い道へ入る。人通りが大きく減り、世界が変わったような錯覚を呼んだ。走海さんも“あちら側”に渡った時、こんな気持ちになったのだろうか。
──にゃあ
猫の鳴き声に、クロが足を止める。俺たち以外に人影は無く、目の前には猫が一匹。さっき確認したばかりのキジトラ柄に、息を飲む。
「ヤヨイ…………?」
「嗅ぎ付けられたのは僕だろうね。」
独り言のように漏らして、クロはヤヨイと睨みあう。お互いに目付きは変わらないので、ただ見つめ合っているようにも見えた。漂う緊張感に、俺は黙ってなりゆきを見守る。一冊と一匹は、沈黙の中で何をやり取りしたのか。
「これ以上詮索するなってさ。」
前振りも無く、クロが俺を振り返った。不意を突かれて言葉を詰まらせている間に、またヤヨイに向き直る。
「君の要求を断る意志は無い。しかしこのままでは彼の仕事が終わらない。人の理でも結末を迎えられるよう『君たちの神』に進言しておいてくれ。迷宮入りして自然消滅するには時間が掛かりすぎる。」
驚いている間に、勝手に交渉を進められてしまった。しかし、俺に“あちら側”の理とやらはわからない。このままクロに任せるのが、きっと正しいのだろう。
「あ、えっと…………お願いします?」
喋っていいものか迷ったが、一応、礼儀として頭を下げておくことにした。俺としても、解決できないとわかっている問題に向き合い続けるのはキツイ。人間側の礼儀でいいのかは、知らないが。
人間側の要求をどう受けたったのだろうか。
ヤヨイは無言で去ってしまったので、その時はわからなかった。
しかし、翌日。
一匹と一人の亡骸が発見され、事件はあっけなく片付けられることとなった。