表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵と錦鯉  作者: 長村
OL行方不明事件
11/35

一人と一冊、比較の話。

 そういうことか。

 理解して、腑に落ちた。自分でも驚くほど冷静だったのは、心のどこかでわかっていたからなのか。それを、感情論と切り捨てていたのか。仕事に“私情”を持ち込まないのは当然としても、俺は“感情”まで無視していた。証拠にならないと、物証ではないと。

 この世には、一時の感情が発端の事件で溢れかえっているのに。

 情けない話だ、みっともない話だ。

 クロが「君ならわかる」と言ったのは、拠り所の無い『孤独』のこと。クロがそう語るのであれば、精神面・感情論での話に違いない。俺は、資料との睨めっこするのに囚われていた。事件は現場で起きている、ということ。

 何て醜態、相手がクロでなければ愛想をつかされている。長いこと自分の感情を無視していたせいか、他人の感情にも鈍くなっていた。せめて事件関係者の感情くらい察せなければ、今後の仕事に支障が出る。

 感情論だって、立派な『手がかり』なのだから。


 事情聴取を思い出せば、おのずと走海さんの『孤独』は浮き彫りになる。


 彼女の職場に、連絡を取り合う相手はいなかった。同僚、先輩、後輩、上司──全員が「仕事以外で会わない」と答えている。聞けば「大人しい人」「優しい人」「普通の人」といった印象のみ返ってくる場所で、手がかりなんて出てこない。

 一人暮らしのアパート周辺も似たり寄ったり、特記すべき事項は無い。

 実家周辺での事情聴取、誰かが「姉のほうなら気付いたのに」と言った。誰も彼もがまず、姉の話をした。次女の存在は知っていても、顔もよく覚えていないと口を揃える。どれだけ周辺を歩き回っても、結果は変わらない。

 最終的に、両親ですら「心当たりはありません」と言い切った。猫を探しに行ったんだから、猫がいるような場所に行ったんじゃないか云々。当然と言えば当然の意見だが、親としてこれほど薄っぺらい言葉は無い。

 姉も、同じようなことを言っていた。協力的な態度ではあったが、妹についてあまり知らなかったのだろうか。姉の夫に関しては、ほぼ何も喋っていないに等しい。


 そして今、やっと、甥っ子の口から走海さんのことが語られている。初めて、事件の核心に迫りそうな話が出ている。この“やっと”が、異常なのだ。

「僕は、祖母の口から叔母のことを聞いたことがありません。若いころとか、そういうのじゃなくて……最近どうしてるだろう、みたいな、気にかけるような言葉を。」

 我が子が一人暮らししているのなら、当然出るような言葉。

「その違和感に気付いたのは、叔母さんが居なくなってからでした。祖母が言ったんです、あの子のほうなら、まだ……って。」

「その時に気付いたんだね。」

 クロに言われて、淳平君はゆっくりと頷いた。まだ、何だったのだろう。続きの言葉は、怖く聞けなかったみたいだ。そりゃそうだと、俺は同情する。今まで気付かなかったことを、淳平君はひどく申し訳なく思っているらしい。祖母の言葉が無ければ、走海さんの母親の何気ない一言が無ければ、彼も気付かなかったかもしれない。

「家では誰一人として、叔母に興味を持ってないんです。優しくて、一生懸命な、叔母のことを……僕も含めて、誰も知らない。」

 親の中で、姉妹に『優劣』がついている。妹のほうならまだ、じゃあ姉のほうなら何だと言うのだ。結婚しているから?子供がいるから?一緒に住んでいるから?どういうつもりで出た言葉なのか、続きを知ることはもうできない。けれど、淳平君の心に確かに引っかかった。

 決定的に家族の『よくないところ』として、彼の目に映った。

「刑事さん、探偵さん。叔母はもう…………この世にいないかもしれません。ヤヨイと一緒に………………」

 淳平君から話を聞けたのは、ここまで。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ