プロローグ
「君はドラゴンを見たことがあるかい?」
微睡む頭を、誰かの手が撫でている。俺は「修学旅行で沖縄に言った時に」と答えた。アメリカのサーカス団が毎年行っているショーで、力強く火を吹いた真っ赤なドラゴンの姿が鮮明に思い出せる。
「龍は?」
「ドラゴンじゃない方か?」
「うん。」
「絶滅したんじゃなかったのか。」
「まだ“危惧種”の段階だよ。」
「ふーん……見たことねぇな。」
「そうかい。」
ポツリ、ポツリ、なんてことない会話が繰り返されていく。
天狗はテレビでしか見たことがない。
火の鳥を生で見たのは一度だけ。
人魚は絶滅危惧種だし。
猫又はよく見かける。
幽霊と神様は、存在が疑わしい。
うとうとしながら喋っているうちに、唇も開かなくなっていく。完全に喋らなくなった俺を咎めることなく、優しい掌は黙って撫で続ける。この場所では、俺はゆっくり眠ることができた。
ここでは安心して寝ていいことを、知っているから。
目を覚ませば、いつものように声をかけられるとわかっているから。
「おはよう。よく眠れたかい?」
柔らかい笑顔が迎えてくれる幸福だけが、今の俺の生きる理由。
これは、俺が恋人と過ごした日常の物語だ。