9.怒号
ビッグラットの前でペティが呆然としていると、頭にこつりと何かがぶつかる。
「……周囲の警戒を怠らない」
「……はい」
振り向くと拳骨を掲げたテオがいた。
何とも言えない表情で、諭すように注意をされる。
「足は大丈夫?」
言われて思い出す。
先程まで足のことなどすっかりと忘れていたのに、一度思い出せば痛みが戻ってくる。人間の体とは不思議なものだ。
とりあえず状態を確認しようと裾を捲ると、右足に赤黒い線ができていた。
特に骨が折れているわけではなさそうなのでヒールも必要ないだろう。
「大丈夫です」
「よし、なら次は解体だ。ナイフはこれを」
ペティが差し出されたナイフを手を伸ばし受け取ろうとした──……と、そのときだ。
どすんと音が鳴り響き、地面と木々が揺れ動く。
テオが剣を抜き警戒態勢に入る。
それを見て慌てて杖を構えるペティ。
音の正体は緑色の巨体だった。
筋肉隆々の体躯を深緑の体毛が覆っている。猿顔で手足は人間のものに近く、拳で地面を殴りつけるような動きで左右に動いている。こちらの様子を窺っているようだ。
「……フォレストゴリラだ」
フォレストゴリラ。
見た目は体毛が深緑であること以外にただのゴリラとの違いは無い。一番の違いはその食性だろう。雑食ではなく完全な肉食。それに伴い気性も荒い。一度獲物を見つけたら追い続ける。
討伐依頼としてランク4以上の冒険者パーティーが受けるのが適正といわれている。
「UAOOOOOO!!」
フォレストゴリラは大きな口から音を漏らす。うなるような低い声音だった。
ビリビリと空気が震え、鋭い殺気が全身に突き刺さる。
──まずいな。
テオはともかく今日冒険者になったばかりのペティには荷が重い。
どうしたものかとテオは思案を重ねるが、やはり逃げ切るというのは無理がある。森は彼らの領域だ。人がいくら頑張ったところですぐに追いつかれてしまう。エルフがいればまた話は違ったのだろうが。
──やるしかないか。
テオは盾を構え、姿勢を低くし、臨戦状態へと移行する。
「……ペティ。足にヒール使っておこう。動けなくなるのはまずい」
「は、はい」
フォレストゴリラの殺気に当てられ固まっていたペティはテオの声で動き出す。
「『ヒール』……!」
ペティは震える両手で杖を握りしめ魔法を使用する。
魔力によって現実は改変され、赤黒く腫れは引いていき元の白く細い足へと戻る。
「なるべく後ろにいて」
テオはペティを後ろに下がらせ、フォレストゴリラの攻撃に備える。
「UAOOO!!」
獲物が逃げ出すのが気にくわないのか、緑の巨体が再度吠える。
叫び終えるとテオに向かって走り出す。
巨大な図体を筋肉で無理矢理動かしているのか、図体の割に俊敏だ。
『ブレッシング』
後方に引いたペティがテオを援護せんと魔法を行使する。
魔法が発動し、身につけた装備が軽く感じる。
──ありがたい。
フォレストゴリラはテオの目の前まで滑るように移動し、その勢いのまま右腕を横に振るう。
左腕に構えた傷だらけの盾で攻撃をそのまま右に受け流す。
「──『スラッシュ』!」
片手剣のスキル、スラッシュを目の前にある緑の腕に向けて発動する。
スキルに従い剣が右上から左下に向けて振り下ろされる。
緑色の体毛と一緒に右腕を切り裂く。見れば自慢の緑色の体毛は一部赤く染まっていた。そこまで深い一撃ではなかったがフォレストゴリラの怒りを買うには十分だった。
「UGAOOOOOOOOO!!」
普段は静かな森に怒号が響いた。
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