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7.森


 森の中は外と比べると涼しく、気温だけを鑑みるのであれば快適だった。

 既に高く上がった太陽の光が青々と茂った木々の葉の間から見える。木漏れ日という言葉はこんな景色を指すのだろう。


 ──どうして平気そうなんだろう?


 ペティは歩き慣れない森の柔らかい土に足を取られながらそんなことを思った。


 斜め前を歩くテオの顔を覗く。その顔には少しの緊張感はあれど疲れは一切見えなかった。


 ペティに比べ剣士であるテオは装備が重い。

 腰に刷いた片手剣。左手には傷だらけの盾。それに顔を除いた全身に纏う革鎧。


 聖衣を纏ったペティよりも動きやすくはあるのだろうが体力はもっていかれるだろう。

 それに加え歩いているのは整備された道ではなく森だ。ここは人の領域ではない。獣やモンスターの住まう場所だ。


 ときたまぴゅうっと吹く湿った風が体に纏わり付き不快感を増す。聖衣の下にはじとっと汗をかいている。下着が蒸れて気持ちが悪い。


 ──帰ったらお風呂に行こう。


 あの町は大きい。公衆浴場は探せばあるだろう。


 思えば故郷の村がなくなってからまともに休んでいない。気がついたときにはあの町の教会に預けられており、事の顛末を聞かされた。


 頼めば住む場所も貸してもらえるだろうが迷惑はかけたくない。なによりペティは十五だ。成人している。日銭くらい自分で稼がねば。


 だれでも成れてすぐにお金が稼げる仕事となれば冒険者しかペティは知らなかった。日銭を稼ぎながら自分の様な人を救えるかもしれないという考えに至った彼女に迷う余地はなかった。


 早朝に冒険者ギルドに赴き事情を受付嬢のハルに話すと、依頼を斡旋するのはテオに話をしてからだという。自暴自棄になっていると判断されたか、攻撃手段に乏しい聖職者一人に依頼を任せられないのか、はたまた別の理由があるのか。ペティにはわからない。


 そしてもっとわからないのがこのテオという男だ。

 駆け出しの冒険者など橙色の冒険者にとっては足手纏いもいいところだろう。実際今もそうだ。森を歩き慣れない彼女に歩幅を合わせている。彼一人ならばもっと早く移動できるだろう。


 少し問答をしただけでついて行くことを許してくれた。

 御者のトムさんの話を聞く限りただのお人好しなのだろうか。


 「……いた」


 そんなことを考えていると声を潜めテオがそう言った。


 テオが指差す先には大きな歯をもった巨大な鼠が一匹。今日の目的であるビッグラットだ。


 「ちょっとここで見てて」


 ペティが声を出さずこくりとうなずくのを確認して、テオは気配を消しビッグラットに近寄っていく。


 気配を消す、といっても音や匂いはどんなに気をつけてもでてしまう。だからなるべく素早くこちらの存在に気がつく前に。


 見るとビッグラットはその大きな歯で木の幹を囓っている。

 彼らの歯は生涯伸び続けるそうだ。だから固いもので削り長さを調整する。いびつな歯は切れ味が悪いが、顎の力で無理矢理食い千切るので余計に痛む。


 ──ごめんな。


 踏み込めば剣で一撃。そんな距離までテオは近づいていた。

 自らの歯を削ることに夢中になったビッグラットはまだこちらに気がつかない。


 右の足で柔らかい土を蹴る。

 木の枝を踏みぱきっと音が鳴るが、もう関係ない。

 既に鞘から抜き、右手に握った剣を巨大な鼠に向けて振り下ろす。狙うのは首。スキルは使わない。


 「────っ!」

 「ピギッ!?」


 首を切りつけられたビッグラットは鼻を鳴らしたような不快な声をあげるも、そのまま横に倒れる。


 標的の絶命を確認しすぐに周囲の様子を探る。特に問題は無いようだ。


 「こっちにおいで」


 ポーチから布切れを取り出し、刀身についた血脂を拭う。


 茂みに隠れていたペティがテオのそばに来る頃には剣の手入れは済み、腰の鞘に収められていた。


 代わりに右手には小さなナイフが握られていた。


 「それは……?」


 「これは解体用のナイフだよ。討伐依頼の場合は獲物の一部を証拠として持ち帰るんだ。ビッグラットの場合は歯か爪かな」


 そう言いながらテオはナイフの刃をビッグラットに立てる。

 手つきはとても丁寧で瞬く間にビッグラットから歯が取り外される。とはいえ見ていてあまり気持ちの良いものではなかった。


 「……感謝を忘れちゃいけない」


 「え?」


 解体した歯を布に包みながらテオは独り言のように呟く。


 「……師匠にそう教えられたんだ。俺たち冒険者はモンスターの命を奪うことで生計を立てる事がほとんどだ。生きるために彼らから命を奪う。モンスターも生きるために人を襲う。やってることは一緒だ。生きるために命を奪う。だから感謝を忘れちゃいけない。たとえモンスターに恨みがあろうと、理解ができなくても……形だけでも。」


 「…………」


 親代わりである神父も似たようなことを言っていた気がする。

 村を襲ったスライム達を許せることはこの先おそらく、いや間違いなく無いだろう。


 ペティには難しい話であった。

 でも大事な話であることは理解できた。少なくともふざけた話でないことはテオの真剣な表情から伝わった。


 ペティは杖を木に立てかけ、両手を組む。

 神父に習った死者を弔う祈りを捧げることにした。



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